書籍・雑誌

2009年11月13日 (金)

14歳からの社会学

14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に Book 14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に

著者:宮台 真司
販売元:世界文化社
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自分の中では「戦う社会学者」というイメージの宮台さん。既存の日本的な社会の慣習などにとことん抵抗するという印象があり、あまり好きでは無かったのですが、この本を読んで「いいじゃないか!」と変わってしまいました。あとがきにもありましたが、ご自分の娘が14歳になったとき、ひとりの大人として自分はどんなことを語るだろうというスタンスが全編を通じて貫かれています。

先が見えない世の中で子供たちは何を指針にして生きていけば良いのかが、非常にわかりにくくなっていると思います。土台になる社会が日々変化し、変わり続けると言うことが社会の定義なのではないかと感じるほどです。しかし人間の本質というのはそう簡単に変わるものではなく、そのことが荒波のように波打つ世の中を漕いでいくうえで、強みでもあり弱みでもあるようです。

社会の中で人が自由にふるまえる為には「尊厳」が必要だといいます。「自分はバカにされるんじゃないか」と思っているときには他人の前で堂々とすることはできません。誰かから認められるという経験を積むことで、「尊厳」は形成されていく。失敗しても大丈夫だとわかったとき、安心していろんな事にチャレンジできる。人間を社会的に成長させるのは、このサイクルなのだと言います。しかし今の社会で問題なのは、認めてくれる「みんな=他者」がよくわからなくなっていることだそうです。急激なグローバル化の影響やその他の様々な理由で、いままでのような「共通前提」が無くなってしまった。日本という国の境界線が希薄になってしまったのだろうか。しかしそのことが他者と交流することを必要とせず、「尊厳」を投げ出してしまうタイプを生み出したりし始めている。自分が自分であることにとって、他者の存在を必要としない人たちが出てきはじめたという。

社会学という視点から世の中の事を見つめなおしてみると、今まで漠然と若者に感じていた違和感が少し修正されたような感じがしました。「14歳からの」という事ですが、大人にこそ読んでもらいたい本です。

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2009年11月 3日 (火)

知的生産な生き方

京大・鎌田流 知的生産な生き方―ロールモデルを求めて Book 京大・鎌田流 知的生産な生き方―ロールモデルを求めて

著者:鎌田 浩毅
販売元:東洋経済新報社
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京都大学大学院人間・環境学研究科教授というバリバリの理系博士による、教養の身につけ方指南書です。

前作の「一生モノの勉強法」は効率よく能力を高めるために、時間を管理し情報を収集する方法を伝授するといった趣旨のものでした。それに対して今度は、京都という場所で自分自身がいかにして教養を身につけていったかという「ノウハウ」を開陳しています。

私自身いかにして教養を身につけるかという点においては、人生の早い時期にあきらめに似た境地に陥っていました。といいますのは、教養というのは幼い頃から育った環境に左右されるものが多く、気づいたときにはもう遅いというものだと感じていたからです。しかしこの本を読んでみると、気づいてからでも遅くないことがわかりました。

古典に親しむ。ジャズを聴いてみる。骨董との出会いを楽しむ。映画はあえて映画館に出向いて鑑賞する。毎日の暮らしの中にそんな瞬間を挿入するだけで、人生に潤いを感じることが出来ると著者は言います。忙しいときでも時間管理をきちんとすることですきま時間を作り出し、そんな時間を楽しむ。主体的に時間に向き合うことで、教養を積み重ねることができるのでしょう。

著者のお気に入りの「愛のイエントル」という映画が紹介されていました。バーブラ・ストライザンド主演のミュージカルだそうですが、主題は学問に目覚めたユダヤ人少女が、男性にしか許されなかった学問を修めるため男装して神学校に入学するが、女であることがバレてしまうというものです。知に目覚め学ぶということの素晴らしさを描いたこの映画を授業で紹介したとき、鎌田先生は教壇で涙をこらえることが出来なかったといいます。自由に学問が出来ることがどれだけ素晴らしいか。生徒たちは映画という題材を通じて、自分たちのいる環境がいかに素晴らしいかを先生から学ぶことが出来たと思います。そして教養とは、様々な「良きもの」「美しいもの」を通じて誰でもが身につけることが出来るのだということを、私たちに教えてくれているのだと思いました。

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2009年10月27日 (火)

大学生からの取材学

大学生からの「取材学」-他人とつながるコミュニケーション力の育て方 Book 大学生からの「取材学」-他人とつながるコミュニケーション力の育て方

著者:藤井 誠二
販売元:講談社
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ノンフィクションライターの藤井さんは10年近く、友人からの依頼がきっかけで、大学で「取材学」について講義を持っています。学生に取材をしてもらい、文章にまとめたものを採点するというスタイルで進めていますが、自らが取材してみたいという何かを探してもらうのが難しいようです。

その対象は友達でもいいし、通学途中にいつも見かけるホームレスでもいい。ホームレスを取材した女性の場合、取材を通じて自分が少し変わったように感じたといいます。自分自身、いじめを受けた経験から、ずっと自己肯定感を持つことができませんでした。しかし、社会から排除されている人々と自分自身の生きづらさにリンクするところがあり、世間との付き合い方が楽になったそうです。

おおげさに取材などと考えないで、身近な人に興味を持ち、話を聞いてみる。例えば両親でも、子供のころどんな風に過ごしてきたかということは、聞いたことが無いのでしょうか。時代背景やその時の家族の状況など、時間軸に沿って話を聞いてみると、自分自身のアイデンティティとつながる部分が出てくるかも知れません。

相手の話にピリオドを打たず、そのままにしておくことで型にはまった答えを出さないようにする。相手の話したことにラベリングしない。聞いている側が決め付けることをしない。私などはどうしても話を聞いていると、ある所へ結論を持っていってしまいますが、そういうことはやってはいけない典型だったようです。

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2009年10月23日 (金)

すべては宇宙の采配

すべては宇宙の采配 Book すべては宇宙の采配

著者:木村 秋則
販売元:東邦出版
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「奇跡のりんご」で広く世の中に知られることになった木村秋則さんのもう一つの側面を紹介した本です。以前学研の「ムー」(何読でるんじゃ!)を読んでいたら、木村さんの神秘体験の記事があり驚きました。この本はその延長上で、ほとんど1冊そんな不思議な体験でいっぱいです。

最初の不思議な体験は高校2年のときのことです。歩いていた父親の動きが片足を挙げたまま止まってしまった。時間が止まってしまったように動かなくなった父親を不思議な思いで見ていると、突然巨大なワニのような頭が現れた。それは、よく見てみると龍の頭だった。龍はそのとき何かを木村さんに伝えたようですが、そのことは決して人に話してはならないと言われたそうです。

他にも宇宙人にUFOで連れ去られたり、幽霊に取り付かれそうになったりと信じがたいお話が続きますが、テレビで拝見したまじめで素朴な雰囲気の方が嘘をいうことも無いと思い、もしやホントかなと思ってしまいます。

自分の身近にもすでにお亡くなりになりましたが、不思議な体験をされた方がいらっしゃいました。その方とお付き合いさせていただいていたときには、こちらにも説明のつかないような奇妙な出来事がいくつか起こり、世の中にはまだまだわからないことが多いのだと感じておりました。この本を読んだとき、そんな経験を思い出しました。

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2009年10月19日 (月)

ロックで独立する方法

ロックで独立する方法 Book ロックで独立する方法

著者:忌野清志郎
販売元:太田出版
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「Quick Japan」の2000年12月発売号から2002年2月発売号までの、8回にわたって連載されたインタビューを単行本化したもの。生前本にする約束を反故にしたままだったのが、お亡くなりになって急に書籍化したようです。

音楽業界で長く活動された清志郎さんが持つ、心の中の葛藤がところどころに垣間見られて面白い。80年代初めくらいまでは、気に入ったミュージシャンをがんばって売っていこうという、ディレクターや宣伝マンがたくさんいたのに、いつのまにか大きく宣伝して枚数を売り伸ばすという大きなビジネスになってから、音楽業界がどんどんつまらなくなってしまったという。「100万人との空しい関係より、1万人とのいい関係」という発想は難しいのでしょう。

ファンにずいぶん裏切られてきたという清志郎さん。ヒットが出るとものすごい人が押し寄せてくるかわり、他のミュージシャンがヒット曲を出すとあっという間にいなくなってしまう。そして、またこちらがいい曲を出すと、どこに隠れていたのかというくらい、ファンが戻ってくるという。いったい自分は誰に向かって歌ったらいいのか。そんなジレンマに常に悩まされてきたようです。

新曲が書けるまでは現役でロックンロールをやりつづけると言った清志郎さん。でも新曲をはじめて人前で演奏するときの反応に、いつも戸惑いを感じます。聞いたことが無いからノレないのか?でも、ミュージシャンとしては、新しい書くことが自己表現であり、古い曲をやりつづけることは、自分としては本意では無いといいます。ここ数年、コンサートの最後に「雨上がりの夜空に」を歌わなくても観客が納得して帰るようになったといいます。ファンの心理とミュージシャンの気持ちには、深い溝があるのかもしれません。この溝はなかなか埋めようとしても埋まらないくらい、深い溝なのでしょう。

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2009年10月12日 (月)

神去なあなあ日常

神去なあなあ日常 Book 神去なあなあ日常

著者:三浦 しをん
販売元:徳間書店
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一風変わった林業&青春モノの小説です。三浦しおんさんは「風が強く吹いている」が映画化するなど、結構人気あるみたいですが、実は読んだことがなかった。

卒業を控えた高校生の主人公は、成績もあまり良くなく特に目標も無かったので、とりあえず卒業式までコンビニでバイト中。そこへ担任が「就職決めてきてやったぞ」と紹介したのが林業研修生だった。横浜の都会で育った主人公が、携帯が圏外のド田舎に送り込まれ、なんとかやっていこうと決心するまでのお話です。

舞台になった神去村は架空の場所ですが、モデルになったのは三浦さんのおじいさんの故郷の三重県の美杉村らしい。林業関係者に取材されたようで、山での作業がやけにリアルです。というのもウチの実家が建築会社で、木材の加工の現場をよく見ていたので、なるほどなあと思い出しながら読んでいたわけです。

一時は山ごと材木を買おうかと、和歌山の山をいくつか選びに行くのに同行したこともありました。あの頃は景気が良かったんですね。ブックガイドの紹介用に読んだんですけど、大変面白かったです。ちなみに宮崎駿さんもおすすめのようです。

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2009年10月 9日 (金)

ひらがな思考術

ひらがな思考術  /関沢英彦/著 [本] ひらがな思考術 /関沢英彦/著 [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
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日々、難しい漢字で書かれた専門書などを読んだり、新聞やネットニュースなどを読んでいると、大量の情報に追われているような気持ちになることがあります。でも、そんな情報シャワーのおかげで、結構シャッキっと世の中で生きていけるのかも知れません。

漢字で書かれた専門用語などは、なかなかうまく体の中に取り込むことは難しいと思います。そんなとき「ひらがな」でじっくりと味わってみることを著者は勧めています。

ひらがなで考えることで、煮詰まっている問題を解きほぐす。世界にみちているものを感じ取る。プレゼンテーションの効果を高める。口の中で転がし、リラックスする。言い換えると「現状打破」「情報収集」「創造的発想」「効果的表現」「自己改革」のような効果がひらがなにはあると言います。

コピーライターだった著者は、あるとき現代詩に出会い、ひらがなでの表現の深みを知ることで、目を開かれたようです。頭とこころが離れてしまうように感じたときに、ひらがなで表現することで新しい自分に出会えそうな気がします。

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2009年10月 2日 (金)

逆光

逆光 Book 逆光

著者:日野 皓正
販売元:近代映画社
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ジャズを聴かない方でもトランペットのヒノテルの名前はご存じだと思います。米軍キャンプ廻りから始まった著者のミュージシャン人生がは、音楽家以外の私たちにも参考になることが多いと思います。

ニューヨークで長年暮らした日野さんは、いろんな人種差別を経験したと言います。サイドマンで出演するぶんにはいいのですが、リーダーとなると話は別で、イエローはまったく入れてもらえなかったそうです。どこの国でも人種差別はある。でも差別をしている人たちも、よそに行けば同じように差別を受けるというのを忘れてはいけない。今ここでは威張っていられるけど、あっちにいったら差別される側になる。こういう経験があるから、音楽を通じて世界中から差別や争いが無くなることを訴え続けているそうです。

それにしてもいろんな逸話を読んでいると、自分の知らないことが結構多く、驚きます。昔何曲か演奏したことがある「サド・ジョーンズ&メル・ルイス オーケストラ」のサド・ジョーンズは有名なドラマーのエルビン・ジョーンズの兄だとか、結構ほかにもいろいろあって、楽しめました。

以前、ライブでお目にかかったとき、息子が楽器を続けていく上で、なにかアドバイスをいただけませんかとお願いしたところ、意外なお返事をいただきました。それは「挨拶をきちんとしろ」ということ。ミュージシャンでも、そうでなくても、社会できちんと生活する上で挨拶がきちんとできない奴はだめだといっておられました。おかげで息子は挨拶だけには気をつけているようで、学校でも教授から可愛がられているようです。「練習しろ」とか言われるより良かったです。さすがは「世界のヒノテル」ですね。

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2009年9月29日 (火)

本とわたしと筑摩書房

本とわたしと筑摩書房 Book 本とわたしと筑摩書房

著者:柏原 成光
販売元:パロル舎
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筑摩書房の元社長さんの回想録です。私が書店に入社したときには、筑摩さんは倒産されてからかなり経っていて、倒産したという雰囲気は感じませんでした。でもこの本を読むと、倒産後軌道に乗るまではかなり大変だったことが想像できます。

それにしても老舗の出版社というのは、黎明期は本当にめちゃくちゃだったのがよくわかりました。社員全員参加の社員旅行も、はじめはなんと列車旅行で、一般客がいるにもかかわらず、大酒盛りをくりひろげていたとか。その後バスで行くようになってからも、出発後から帰りまで酒を飲み続けていたため、自分がどこに旅行したのか知らずに帰ったりしたそうです。著者とのおつきあいも、お酒なしではなかなかうまくいかなかったりするので、編集者にとってはお酒が飲めるのは必須だったのでしょうね。いまどきはそんな話はあまり聞きませんが、また昔のような無頼派の編集者さんとかでてくると面白いかもしれませんね。

今では「ちくま文庫」や「ちくま新書」など、「筑摩」より「ちくま」の方が見慣れた感じがしますが、このあたりの移行についても社内では逡巡があったようです。しかし「筑摩」を「つくま」としか読めない読者が増えたりと、時代の流れには逆らえない部分があったのでしょう。著者は現在、中国の大学で日本語の講師をされているようです。中国でされるのも良いですが、できれば日本に帰って日本人の国語教育に一石を投じて欲しいものだと思いました。

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2009年9月23日 (水)

河合隼雄のカウンセリング講座

河合隼雄のカウンセリング講座 Book 河合隼雄のカウンセリング講座

著者:河合 隼雄
販売元:創元社
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この本は大阪の「四天王寺カウンセリング講座」での河合隼雄さんの講演をまとめたものです。これまで話したことがなかった「カウンセリングと時間」や倫理、家族などについて話されています。なかでもとりわけ「カウンセリングと友情」が興味深い。

「あなたは、友だちを何人ぐらいおもちですか」と聞かれたとき果たしてどんな風に答えるでしょうか。それは友だちということをどのようにとらえるかで、かなり変わってくると思います。携帯電話の普及などで、表面上は四六時中つながっているように見える人間関係も、本当に心がつながっているかというと、そうではないのではないでしょうか。それでは、友情とはどういうことなのか。なかなかきちんと言うのは難しいですが、次のようなエピソードが紹介されています。

ある方が父親に「友人というのはどういう人のことをいうのですか」と聞いたところ、父親は「夜中の12時に、自動車のトランクに死体を入れて持っていって「どうしようか」と言っても、黙って話を聞いてくれる人、それが友だちだ」と答えたそうです。これはけっして匿ってくれるという意味ではありません。「なんでこんなことをした」とか言うのではなく、「ともかく話を聞こう」といってくれる人というところが大事だそうです。

グッゲンビュールという人の言葉を引用しています。「自分はいろいろ考えたが、友情を支えているものは、「真実」と「優しさ」ではないだろうかと思う。」そして「真実と優しさは、われわれの友情を照らしているふたつの星だ」と言っています。真実と優しさという言葉に照らしあわせて、自分の持っている友情という感情が恥ずべきところはないか。相手に対して真実をもっているか。優しさを持っているといえるのか。なかなかこういうことはできませんが、友情という感情をわかりやすく心の中にしまうには、こういう例えを手がかりにするとよいのではないでしょうか。

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2009年9月17日 (木)

じみへん倫理教室

じみへん倫理教室 Book じみへん倫理教室

著者:南部 ヤスヒロ
販売元:小学館
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週刊「ビッグコミック・スピリッツ」に連載中の中崎タツヤの「じみへん」はご存知でしょうか。その「じみへん」をネタにして現職の高校の倫理の教師が、倫理や哲学の面白さを紹介するという企画ものです。

この漫画は結構好きでよく読んでいますが、こういった形で漫画の意味を言語化して考えたことは無かったなあ。でも、あんまり面白くないんですねえ。漫画とかって、「ここんとこ面白いだろ!」と他人に勧めても面白さのツボが違うと共有できないですね。けれども企画自体は面白いので、評価できると思いました。

結局漫画に解説が負けているのですね。もっと面白くしようと思うと、より深い洞察で漫画の意図を意味づけしなければならなかったんではないかなあ。

読んでない人にはわかりにくくてすみません。

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2009年9月15日 (火)

いま伝えたい 大切なこと

いま伝えたい大切なこと―いのち・時・平和 Book いま伝えたい大切なこと―いのち・時・平和

著者:日野原 重明
販売元:日本放送出版協会
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100歳近くなった今でも、非常に多忙な日々を送っておられる日野原先生。その思想のベースにはキリスト教の精神が息づいています。全国の小学4年生を対象に「いのちの授業」を通じて、自分らしく生きるとはどういうことかを語っています。

日野原さんは90歳を過ぎたころから、「いのち」というのは自分が自分の意図で活用できる時間のこと」であるという人生哲学を持つに至ります。与えられた時間は同じでも、意識して自分らしさを注ぎ込むことで、より良い人生になるということでしょうか。

「時」ということを聖書ではクロノスとカイロスという言葉で使い分けています。両方ともギリシア語ですが、クロノスが一般的な日常生活における「時間」であるのに対し、カイロスは日本人の好きな「一期一会」という感覚に近く、宗教上の悔い改めや出会いの瞬間に例えられるといいます。精神的にとらわれているときに、神に出会い価値観が変わり世の中が変わったように感じる瞬間がカイロスということでしょうか。

自分の時間を自分のために使うことで、子供たちは成長します。彼らのやることはすべて、自己に還元し、自己形成に結びつきます。与えられた時間にいかに向き合うかで、その人の人生はいかようにも変わっていくのだと思います。

子供たちに生きがいを持って生きて欲しいと思ったとき、次の問いを自問し、同じ問いかけを子供たちに問いかけて欲しいと言っています。

①自分の生存は何かのため、または誰かのために必要であるか。

②自分固有の生きていく目標は何か。あるとすれば、それに忠実に生きているか。

③以上あるいはその他から判断して、自分は生きていく資格があるか。

④一般に人生というものは生きるに値するものであるか。

この言葉は神谷美恵子さんの著作からだそうです。死なない人間は誰一人としておらず、与えられた時間は同じですが、その時間の中でもがきながら上の問いについて考えてみたいと思いました。

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2009年9月 4日 (金)

芸術起業論

芸術起業論 Book 芸術起業論

著者:村上 隆
販売元:幻冬舎
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2006年のサザビーズのオークションで作品が1億円で落札されたという著者の芸術論です。評価された作品とはかけ離れた経歴がユニークなんです。東京藝術大学で日本画としては初めて博士号を取得という、すさまじい経歴。その人がオタクフィギュアで世界に認められるというのはいったい何故なのか。

海外の芸術の成り立ちと日本のそれはまったく異なっているそうです。日本では芸術系の雑誌のスポンサーはほとんどが予備校や美術学校だということもあり、芸術家の最終到達点は大学や美術学校で教えることらしい。生徒から教師へという流れで人が動くことは、正しい批評や評価をさまたげるものであり、コレクターを中心とした美術愛好家が育ちにくい環境にあるといいます。

翻って海外では美術作品を所有することはひとつのステータスであり、美術館に寄贈したりする行為は尊敬される土壌があります。しかも日本と違い美術作品には固定資産税がつかず、税控除の対象になるため、投機の対象にしやすいのです。

芸術作品でも売れてナンボのものだと思いますが、学校の先生になるのが目的の日本では本来の芸術という文脈から離れてしまうのではないかと思います。それはひとえに芸術作品を「お金」という尺度できちんと評価してこなかったからに他ならないのでしょう。

結構読むのに時間がかかってしまったのですが、あとがきを読んで4年もかかって書かれたのを知りました。やはり時間をかけて書かれたものは、なぜか読むのに時間がかかってしまうようです。

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2009年8月29日 (土)

僕の妻はエイリアン

僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫) Book 僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫)

著者:泉 流星
販売元:新潮社
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タイトルの「エイリアン」というのは、最近よく目にする「高機能自閉症」の人を指していうらしい。自閉的な傾向にあり、社会の中でうまくやっていけなかったり、コミュニケーションがうまく取れなかったりする人は持って生まれた脳の機能が普通の人と微妙に違っており、まるで他の星からやってきた異性人のような違和感があることから「エイリアン」と呼ばれているそうです。

仕事などで普段接する人でも、突然怒り出したりする人は結構多いと思いますが、中にはこの症例の方もいらっしゃるのではと思います。薬で治ったりするものではないので、周りの人たちが理解して接することが必要なようです。

「エイリアン妻」の自己分析が興味深い。「恐怖感」と「怒り」について分析しています。なにか予測のつかない事態が発生することを妻はとても恐れているのですが、その恐怖を能動的に解消する手段として、その恐怖を「怒り」に変えているのだそうです。不安や恐怖を怒りに昇華させるというのは、本人にとっては良い手段かも知れませんが、周りの人は結構困るのではないかと思います。しかし、そんな行動をよく理解してサポートすることが、お互いのために必要とされるようです。

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2009年8月19日 (水)

こころと脳の対話

こころと脳の対話 Book こころと脳の対話

著者:河合 隼雄,茂木 健一郎
販売元:潮出版社
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河合隼雄さんと茂木健一郎さんの対談集です。主に心の動きと脳の関係について話されています。

茂木さんは二十代のころ箱庭療法を経験したことがあり、今回対談をきっかけに再度挑戦してみることになります。そこで感じたことをベースに無意識というキーワードについて二人で掘り下げていきます。脳の活動のうち、ある部分を意識化して可視化するというのが意識という機能だそうで、その可視化したアイテムにはその背後にいろいろな無意識のものがあって、そのアイテムは無意識をつかむとっかかりのようなものだと考えます。たとえば箱庭や夢なども無意識をつかむとっかかりのようなものなのでしょう。

箱庭療法の時には施療者が、あまり患者がつくった箱庭に説明を加えることは無いといいます。そうしなくてもうまくいくときには患者は自分で治っていくものだといいます。そのあたりの理路はあまり科学的に解明しないほうが、うまくいくらしい。人間の心というものは、あまり分析して考えるとよろしくないようです。

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羆撃ち

羆撃ち Book 羆撃ち

著者:久保 俊治
販売元:小学館
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日曜ハンターだった父親に連れられ、狩猟をする姿を見るうちにハンティングの魅力にとりつかれ、大学卒業後は就職することなく猟師の道を選んだ著者の回想録です。

北海道でも羆を専門に猟をするハンターはいないそうで、そういう意味では希少な存在だと思います。現在は牧場経営もしているようですが、やはり本職の書くハンティングの記述がすごい。実際に銃を撃った感触や、解体した羆の内臓をその場で食べるシーンを書けるのは、おそらくこの人だけではないでしょうか。

初めて獲物を仕留めたとき。唇は乾き、ひざは震え、タバコに上手に火を点けたれない。無心で仕留めた羆を解体するときの記述は読んでいてこちらもドキドキしてしまいます。

そしてただ普通に猟をするだけでなく、東洋人として初めてアメリカのアウトフィッターズ・アンド・ガイズ・スクールに入校し、プロのハンターの免許をアメリカでも取得するなど、やることが徹底しています。自分の技術がハンティングの本場で認められるかどうかの挑戦でもあったようです。

しかし、親子連れの羆でも撃ったりと、個人的な心情としてはこういった狩猟が本当に必要があるのだろうか疑問に思う部分もあります。鉄砲を持って対峙すれば、いかに羆といえども人間の前にひれ伏すのは当然でしょう。自然の中を長ければ一月近く獲物を追って移動するというアウトドアライフには魅力を感じますが、猟をする必然性が本当にあるのかという疑問は拭い切れませんでした。

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2009年8月12日 (水)

すべて僕に任せてください

すべて僕に任せてください すべて僕に任せてください

販売元:楽天ブックス
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理系の研究者の暮らしぶりのすさまじさはよく耳にするところですが、この本を読んで再認識しました。

著者の勤務していた東京工業大学に、白川浩という当時まだ新しい学問であった「金融工学」というジャンルで頭角を現した研究者がいました。彼は研究に打ち込み年間3,000時間以上も仕事を続け、若くして亡くなることになります。そこまでして研究に打ち込まざるを得なかったのは、いったい何故なのでしょうか。東工大といえば理系では東大と並んで評価されるほどの大学です。そのなかで、いったいどんな環境で、どんな雰囲気で研究者は日々を送っているのか、ほとんど外からは伺い知ることはできません。

大学教授には研究のほかに教育、学内のマネジメントなどさまざまな雑事も要求されるといいます。いろんな身の回りの雑事と戦いながら、「理系のひとびと」はそれでも研究し続けるのです。

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2009年8月 6日 (木)

京都の平熱

京都の平熱  哲学者の都市案内 Book 京都の平熱 哲学者の都市案内

著者:鷲田 清一
販売元:講談社
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気に入った著者が見つかると、集中して読んでしまう傾向がありますが、この本もその一環で読んでます。鷲田さんはネイティブの京都人だそうで、お住まいだった市バス沿線の超ディープな穴場を紹介されています。

妹が昔京都にはまって、結構通い詰めたのですが、京都通を自称する人たちの間では市バスを乗りこなすというのが必須事項らしい。「○○にいきたいんやけど」というと「それやったら○番のバス」と速攻で返され、驚いた記憶があります。

それにしても驚くほど狭い世界に、しかも深くかかわっていくという姿勢に驚きます。売れ残ったカツオの頭を売りつけようとする居酒屋のオバハンに、「もう食べてきたからええわ。」といって「ドケチ!」とののしられたり、お好み焼き屋の店ごとの内容を吟味したり、京都のうどんと他の地域のうどんの差異に一喜一憂したりとか、意外な部分が面白い。

哲学という仕事と、地域に密着して深くかかわることは多分関係があるのだろうと思います。思想のベースになるのは日々の行動の積み重ねなのかもしれません。毎日食べているものや、つきあっている友人や、見ている映画や、歩いている街の雰囲気などが、その人の人格や考え方に少しづつ影響を及ぼしていくのでしょう。

私は大阪出身で、天満橋あたりの学校に通い、結構ディープな大阪を堪能してきたつもりですが、この本を読んで「負けた!」と思いました。京都旅行の前にはぜひご一読ください。

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2009年7月31日 (金)

臨床とことば

臨床とことば―心理学と哲学のあわいに探る臨床の知 Book 臨床とことば―心理学と哲学のあわいに探る臨床の知

著者:河合 隼雄,鷲田 清一
販売元:TBSブリタニカ(阪急コミュニケーションズ)
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河合隼雄さんと鷲田清一さんの対談集です。臨床心理学もいまでは広く知られていますが、河合さんが始められた頃は「そんなものは科学ではない」とか言われたそうです。同じように鷲田さんの臨床哲学も、臨床という概念を哲学に用いるというのが果たして正しいのか、いろんな議論があったようです。しかし哲学の祖といわれたソクラテスは書物を残したり書を読んで思索したりしたわけでなく、もっぱら対話=臨床を通じて哲学を究めたのであったことから、哲学は最初から臨床だったと、自分を奮い立たせたといいます。

「幸福」について話していた事が興味深い。英語で言うとHappyですが、Happyは偶然とか,幸運にも,などの言葉がもとになっていて、昨今の人々が考えている幸福とは多少意味合いが違うといいます。ドラマや小説などで「幸福」を扱うとき、幸福というのは自分の手で作り上げるもので、幸福な状態が手に入らない人は自分の努力が足りないからだなどと言われる事があります。しかし本来の言葉の意味からすると、偶然転がり込んでくるのが幸福であって、自分で作り上げるものではないようです。そのことを認識すると、いつも「自分は不幸だ、努力が足りないからだ」とおもっている人にとっては救いになるのではないかと思います。

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2009年7月24日 (金)

表現する仕事がしたい

表現する仕事がしたい! (岩波ジュニア新書) Book 表現する仕事がしたい! (岩波ジュニア新書)

販売元:岩波書店
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子供向けの本ですが、面白いです。「表現する仕事」というと音楽、映画、絵画、演劇など、アーティストといわれる職業の方たちの仕事のことを指す事が多いと思いますが、この本に出てくる表現者のモノローグを読んでみると、芸術家でない私たちも同じように表現しているのだと気づかされます。この本では漫画家の安野モヨコ、歌手のおおたか静流、狂言師の茂山童司、ギタリストの村治佳織など、さまざまなアーティストのインタビューが紹介されています。

安野モヨコさんって朝日新聞の「オチビサン」で毎週楽しみにしていて、お気楽な感じの漫画家さんという印象だったのですが、表現に対する悩みはやっぱりあったそうです。子どもの頃から漫画を描くのが好きで、少しづつ上達していくのですが、描いているキャラクターのせりふやストーリーがすべて嘘っぽく、自分の好きな漫画の物まねでしかないことに気づきます。そして、漫画の世界で起こっていることが自分の考え方の基準になってしまい、現実の世界で起こっていることと区別できなくなっていることに気づき、漫画から少し離れようと決意します。

離れてみて感じたのは、自分は今まで、現実の世界を「見学」していただけで、本当には体験していなかったんだということでした。そして、実際に自分だけの感情を自分自身で体験することをはじめてから、自分の思うような漫画が描けるようになったそうです。

「感じたこと」を他の人がわかるようにするには、まず自分の「感じたこと」がどんなものなのかをきちんと知る事が必要です。そのためには自分の内面ときちんと向き合う事が大切なのだと思います。

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2009年7月18日 (土)

「教える技術」の鍛え方

「教える技術」の鍛え方―人も自分も成長できる Book 「教える技術」の鍛え方―人も自分も成長できる

著者:樋口 裕一
販売元:筑摩書房
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最近教員の方のお知り合いが増え、いろいろおつきあいをさせていただくにつれ、教える側のものさしというのはどういったものかと興味をもっておりまして、そんな時この本を見つけました。小論文指導やベストセラー「頭がいい人、悪い人の話し方」で有名な樋口先生の著書です。

社会では学校に限らず、何らかの形で他人にものを教えるという機会は多いものです。樋口さんは「教えることは、一言で言えば、教える側の押し付けによって学ぶ側の独立を促すという矛盾した行為」だと言っています。教えるからには、学ぶ側が自分で考える事ができるようになるためにある程度の強制が必要で、強制と自立との兼ね合いこそが、教えるテクニックなのだと述べています。

人にものを教えようとするとき、最近でこそ教える相手を見極めて教え方を変えるというワザを使えるようになりましたが、若い頃はうまく伝わらず感情的になるなど、この本に書いてある悪い見本の典型でした。わかりやすい説明の仕方など、それこそ誰かに教わった事も無かったので、試行錯誤を繰り返すうちなんとなく身につけたものですが、なるべくならこんな本を手元に置いて勉強しておくとそんなストレスは無かったかと思います。

実際に教える立場の方も、自分を見直す意味でお読みになってはいかがでしょうか。

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2009年7月12日 (日)

確かに生きる

確かに生きる―落ちこぼれたら這い上がればいい (集英社文庫) Book 確かに生きる―落ちこぼれたら這い上がればいい (集英社文庫)

著者:野口 健
販売元:集英社
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野口健というと、清掃登山や環境学校など、文部科学省ご推薦のお兄さんというイメージしかなかったのですが、読んでみるとそのイメージは払拭されてしまいました。本人は別に富士山が好きだから掃除をしているわけでは無いといいます。日本の最高峰のゴミ拾いをするということに、国民が注目するという事が大事だという。「ゴミ拾いを国民運動に」なんて出来るわけ無い、という声が多かったそうですが、今では年間6000人を越える人々が参加しているそうです。

マネージャーの方があとがきで彼のことを「ドミナント・ロジックを打破する人」と評していました。ドミナント・ロジックは思い込みや固定概念のことだそうです。「そんなことやっても世の中は変わらないよ」と言われるほど執念を燃やして突き進んでいく。おちこぼれていた少年時代に、肩書きで生きることの出来る外交官の父親と違い、自分の名前で仕事をすることを誓った野口さんの「生きる道」は確かに続いているのだなあと感心してしまいました。

清掃登山についてあとがきで面白いことを言っている。エベレストでヨーロッパの登山家が日本隊のゴミの多さを指して「日本は経済は一流だが、マナーは三流だ」といわれたことで、日本人としての恥と関係者に対する怒りがきっかけになり清掃を始めたということになっている。でも本当の理由と言うのは本人にもなかなかつかめない。でもひとつわかるのは、自分の中に乾いた穴のようなものがあり、その穴を埋めようとする自分を抑える事が出来ないということだ。その穴を埋める行為こそが人生であるという。

掃除と言うのは実際には身の回りをきれいにすることですが、その行為を通じて自分の心の中を掃除していることに他ならないと思います。禅僧なども、掃除などの日常の仕事を通じて精神状態を保っているように感じますが、我々も無意識のうちに精神の安定を求めるように「自分の穴」を埋めたりしているのではないかと思いました。

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2009年7月 8日 (水)

単純な脳、複雑な「私」

単純な脳、複雑な「私」 Book 単純な脳、複雑な「私」

著者:池谷裕二
販売元:朝日出版社
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「海馬」でおなじみの池谷裕二さんが、出身高校で行った講演と連続講義をまとめた本です。「心の構造化」というとらえにくいテーマで行われた講義ですが、「意識と無意識を含めた脳の作用」を説明しています。

私たちがものごとを判断するときに、果たして何を根拠にしているのでしょうか。正しいと思って下した判断は、本当にそれで良かったのだろうか。「正しさ」の信念は記憶、しかもよりアクセスしやすい記憶に、影響されやすい事が知られているそうです。想像しやすいもの、思い出しやすいものを正しいと認識しやすい。言い換えれば、嫌いなものより好きなものの方、不慣れなものより慣れ親しんだもののほうが「正しい」と感じやすいということです。

一見、複雑な様相を見せる社会ですが、このような単純な脳の働きをベースに動いているかもしれないと思ったとき、「ちょっと気をつけないといけないな」というブレーキを心の中に持っていないと、危ないことになるのではないでしょうか。自分が思っているほど、自分は自分のことをわかっていないのではないか。もしかしたら自分以外の人のほうが、「わたし」のことをわかっているのではないだろうか。

私たちの心には意識できるところと意識できないところがありますが、意識できるところは少なくてほとんどが無意識だそうです。無意識のレベルで判断したり考えたりしている。「自分のことはわかっていない」ということをわかる、というのが自分のことをわかることなのだ、という事だと思うのですが、余計にわからなくなってしまいそうです。

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2009年7月 3日 (金)

生きててもいいかしら?

生きててもいいかしら?―生と死をめぐる対話 Book 生きててもいいかしら?―生と死をめぐる対話

著者:田口 ランディ,板橋 興宗
販売元:東京書籍
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田口ランディさんと板橋興宗さんの対談です。板橋さんは横浜の大本山総持寺貫首を経て曹洞宗の管長を務めるなど、とても偉い方のようです。管長時代はベンツで運転手付きだったそうですが、修行をしたかったのでお辞めになったとか。

宗教でも特に仏教者の話は、とらえどころが無くてわかりにくいと感じています。座禅や托鉢を通じて規則正しく自分を律することで、心の平安を求める。なるほどと思いますが、その後それがどう生かされるのだろうか。

「極楽」についてこんな風に話されています。「魚と水のたとえ」というのがあります。魚は、生まれたときからずっと水の中なので、そこが水の中だというのに気づきません。そこで、のどが渇いたといって水を探したとしたらどうでしょう。人間にとっての極楽というのはその「水」のようなものだといいます。生きていることじたいが極楽、息をすること、そして苦しんだりすることもそのものが楽しみなのだといいます。頭の中で極楽を描いているうちは、それは地獄につながる。いま生きている現実意外に事実は無いことを知ること。これが解脱だということです。

道元が中国から帰ってきて「私は修行らしい修行はしてこなかったが、自分の眼は横に、鼻は縦についているという当たり前のことがわかった」と言ったそうです。仏法を求めて修行してきたが、本当はそのようなものはなかったということなのでしょうか。

それにしても田口さんが「この狸親父からなんとか本当のことを聞きだしたい」と言ったほど暖簾に腕押しという感じで、「仏教における真理」は近づこうとすると遠ざかってしまうようです。この辺の感じは昔からなかなか拭い去れないので、宗教を仕事にしている方は出来ればこの辺を払拭して欲しいと思います。

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2009年6月26日 (金)

月のえくぼを見た男

月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立 (くもんの児童文学) Book 月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立 (くもんの児童文学)

著者:鹿毛 敏夫
販売元:くもん出版
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あまり一般には知られていませんが、麻田剛立という学者は日本の天文学の先駆者としてとても重要な人物だそうです。この方の孫弟子には伊能忠敬がいたりと、優秀な人材を多く育てたことでも高く評価されています。

子どものころから自然に興味を持っていた剛立は徐々に太陽の動きや、暦などの天文学的な事象に興味を持つようになります。当時幕府がとりいれていた暦の間違いを指摘するなど、早くからその才能は他から認められるところとなりました。長じて医師となった後も、天文観測を続け、「先事館」という塾を開き多くの学者を育てました。当時では手に入りにくかった西洋の天文学の書物を入手し、いちはやく取り入れることで近代的な科学の手法を日本に紹介しています。

現在は科学全盛の時代で、当たり前のようにしていろいろな技術を享受しています。しかし多くの先駆者たちがコツコツと方法を積み上げ、科学の基礎を作り上げてきたのを忘れてはならないと思います。小中学生向けに書かれたものですが、とてもよく調べられており大人が読んでも面白いと思います。

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2009年6月25日 (木)

なるほどの対話

なるほどの対話 (新潮文庫) Book なるほどの対話 (新潮文庫)

著者:河合 隼雄,吉本 ばなな
販売元:新潮社
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河合隼雄さんと吉本ばななさんという、意外な組み合わせの対談集です。対談集というのは読んでいるときは面白いのですが、何が印象的だったといわれて「はて?」と困るような感じがあります。

おふたりの話でいろんなキーワードが出てきましたが、興味深かったのが「偶発性」という言葉です。18世紀ごろの小説をみてみると、偶然性に関する記述がたくさん在るといいます。それが現代に近づくにつれ、必然がうまくつながって説明できる小説が増えてくる。けれども実際の人生においては、偶然のほうが断然多く、あれこれ考えていろいろやるより良い結果に結びついたりするようです。河合先生のお仕事の心理療法でも、偶然の出来事が良い結果につながり、治療がうまくいく場合があるそうです。しかしその場合、「こうやって治療したら治りました」というのではないので、治した事にはならないという批判があるそうです。それは「偶然起こったことに意味は無い」からだそうですが、果たしてどうなんでしょうか。

吉本さんが小説を書くときも、「あのことがあったから偶然書けた」ということがほとんどだそうです。小説を読んでいるとそのようなことはほとんどわかりませんが、書いているほうはほとんどそんな偶然に助けられるようにして書いているのでしょう。自分自身も本の感想やブックガイドなどは比較的書けるのですが、まったく自由な状況で書かなければいけないときは、本当に偶然にでも頼らないと難しいと思います。

実際の人生でも偶然にささえられている部分というのはもちろん多いと思いますが、偶然に出会える技術のようなものもあるような気がします。その技術というのは、意外と偶然を探し求めるのではなく、毎日きちんとした生活をすることだったりするのではないかと読んでいて感じました。

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2009年6月19日 (金)

指先で紡ぐ愛

5153k4qj9hl 全盲ろうという、目が見えず耳も聞こえない福島智さんという東京大学先端科学技術センター教授の奥さんが書かれた本です。テレビなどでご存知の方も多いと思いますが、普通の盲者や聾者と違い両方が使えないのでコミュニケーションの方法がとてもユニークなのです。盲者の方のコミュニケーションの方法として、盲者同士で点字を打つ機械を介して打ちだした点字のカードをやり取りすることで対話をするという方法があるそうです。

この方法を応用して、点字を打つ指先を手などの皮膚に直接あてることで指点字という手法を編み出したそうです。

目が見えず耳も聞こえないというのは「いつも真空の宇宙にいるような孤独な存在」だと福島さんは言っているそうです。そんな福島さんをサポートする著者の気持ちの逡巡もあり、案外「いい話」的な構成になっていないところが良かったです。

指先からの情報しか得る事が出来ないという事態は安易に想像する事ができません。しかしそんな事態に陥っても「ミスター・ポジティブ」といわれるほどの業績を上げてきた福島さんを支えるのは、並大抵の努力ではなかったのではないでしょうか。「君の指に触れることで、君とたわいない言葉を交わすことで、僕は自分の存在と生を実感できる」といわしめた沢美さんに拍手を送りたくなりました。

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2009年5月23日 (土)

私塾のすすめ

私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書) Book 私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書)

著者:齋藤孝 梅田望夫
販売元:筑摩書房
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斎藤孝さんと「ウェブ進化論」の梅田望夫さんの対談集です。全く立ち位置の違うかに見えるおふたりがどんなお話をするのか、想像がつきませんでしたが、大変面白かったです。

おふたりの間で共通するキーワードとして「明治時代」があったことは意外でした。斎藤さんは「座右の諭吉」などの著書もありわかるのですが、梅田さんは慶應で一貫教育を受けるうち、知らずしらずの内に福澤精神が刷り込まれていたということでした。明治時代というのは、ほとんど初めてグローバリゼーションに直面した時代で、その状況はよく見てみると現代の日本の状況と似ているといいます。例えばアメリカのサブプライムがすぐに日本の経済に大きな影響を与えるように、不条理な状況で外国の影響を受けやすくなってしまっています。

幕末期の適塾などの私塾では脱藩した多くの若者が学び、そしてお互いに研鑽しあい、強くなっていったといいます。そこで私たちは、明治期の私塾のありかたに学び、現代において私塾と同様の空間を作ることは可能ではないかと言っています。その前段階としてまずはじめに、直接会ったことは無くとも、師として仰ぎ私淑するという方法を薦めています。インターネットが発展している現代では、昔と違い、身の回りの狭い世界で探すよりも、もっとたやすく「心の師」を探す事ができるかもしれません。そしてその延長として「私塾的空間」を現出することは、学びたいと願う若者と、教えたいと思う者との間を結ぶ架け橋となるかも知れません。

インターネットを活用した私塾的空間の提案など大変興味深い内容でしたが、私塾というキーワードはこれからの時代に少なからず必要になってくるのではないかと思います。新しい学びの可能性について考えさせられた1冊でした。

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2009年5月14日 (木)

大人のいない国

大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書) Book 大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)

著者:鷲田 清一,内田 樹
販売元:プレジデント社
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自分が子どもの頃、周りの大人は大人っぽかったかなと思い起こしてみると、案外無邪気な子どもっぽい人が多かったように記憶しています。長ずるにつれ、自分が大人になるためのモデルというのを探していたのだと思いますが、生活面でのモデルはいても、精神的な面を参考にしたいと思った人はあまりいなかったように思います。

日本は長い年月をかけて他国に肩をならべることの出来る国家を作り上げ、とりあえず明日のことを心配しなくてもいい社会のシステムが機能しています。しかし、そのシステムのありがたみを意識せず暮らしていると、ひとりひとりが強くなくとも社会生活を営むことが出来てしまい、その結果多くの未熟なままの大人が生まれてしまうのです。

人が成長するための一番の糧は心の葛藤であると誰かが言っていましたが、生まれたときからすでに「消費者」の立場で社会と相対し続けた人々は、心の葛藤を感じる前に、それを回避するための様々な手段を駆使して、葛藤という精神的なリスクから逃れようとしているかのように思えます。隣人が自分の家の前にゴミを捨てていったら、直接苦情を言うのが当然ですが、それを行政のサービスの不備のように判断してしまう。直接原因と関わることを避けることで、傷ついたりすること無く平穏に過ごすことが出来てしまう。

様々な価値観と接することで、自分のなかにも様々な考え方の様式を身につけるというのが成熟するということではないかと思っています。社会的なリスクが増えている現在、未熟なままで世の中を渡っていく事が難しくなっていると感じます。未熟な人たちばかりが動かせるシステムも、このご時世ではいつかは破綻を迎えるかもしれません。そのことに気づいた人たちのなかから、「大人のいる国」を目指す動きが、そろそろ出てくるのではと期待しています。

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2009年5月10日 (日)

多読術

多読術 (ちくまプリマー新書) Book 多読術 (ちくまプリマー新書)

著者:松岡正剛
販売元:筑摩書房
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決して多読を薦めるわけではなく、楽しんで読む事が自然に多読につながるという「本読み」の達人による読書指南です。

人が本を読むということは、書いた人とのコミュニケーションだという。コンピューターのエンコードとデコードのように情報がそのまま劣化されずに受け渡されるのではなく、送る側が持っている情報を編集した断片を、受け取った読み手が自分なりのフレームワークで認識することで独自の解釈が生まれるという、ひとつのコミュニティのような関係に近いようだ。

自分自身本を読むときは、常々「書き手」の考えと自分の考えを、どれだけつなぐことが出来るかということを念頭においているのですが、そのときに大事にしていることは、「どう読むか」より「どう使う」かなのです。そのためには同じジャンルの本を「併読」したり、必ず自分だけで完結せず誰かに話したりと、読む事を一歩進めた方法を取り入れることで、ただ単に「読むだけ」で終わることを防いでいます。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」といいます。愚者は自分の失敗からしか学べないのに対し、賢者は他人の失敗からも学べるということでしょうか。本を読むということは、たくさんの先人たちの失敗や成功にアクセスすることの出来る最も手っ取り早い手段です。先人の知恵をうまく咀嚼して、よりよく生きる事が出来ればと思います。

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2009年4月27日 (月)

日本の子どもと自尊心

日本の子どもと自尊心―自己主張をどう育むか (中公新書) Book 日本の子どもと自尊心―自己主張をどう育むか (中公新書)

著者:佐藤 淑子
販売元:中央公論新社
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自尊心というのは対人関係に深く関わっています。人間の発達は、目標を達成しようとする「達成動機」と、他者との友好な関係を維持しようとする「親和動機」の双方が車の両輪のようにバランスをとることで促されるといいます。そして両方のベースになる自己認識が「自尊心」であるといわれています。欧米人に比べ日本人が自意識の確立、特に自己主張が苦手だったりするのには日本特有の社会的な価値観や文化的な側面が大きく影響しています。

日本では「謙遜」や「謙譲」というような対人関係を重んじる態度が好ましいとされ、成功してもなるべく目立たないようにすることに意識を集中させる事が多いと思います。そういう行為は子どもの自己主張を育むことにおいては、あまり良い慣習とはいえないのではないでしょうか。

現在、社会の多くの場面では従来のような「根回し」に代表されるような人間関係に依存したような仕事の手法が淘汰され、その逆に説得力があり論理的なプレゼンテーションによる方法が取り入れられつつあります。そのような場面では「自尊心」に基づいた自信のある態度や、理性的な判断が多くの人たちの支持を集めることは疑う余地が無いでしょう。

伝統的な価値観に育った親たちが新しい世代を育てていく上で、「自尊心」をいかにして育てていくかは、これからの大きな課題となるでしょう。そしてその手段として、古い価値観の成り立ちをきちんと把握し検証することは大切なことだと思います。

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2009年4月20日 (月)

劇場としての書店

劇場としての書店 Book 劇場としての書店

著者:福嶋 聡
販売元:新評論
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ジュンク堂現大阪本店、店長の福嶋さんの本です。同業の先輩のお書きになったもので、拝読していると自分と似通った考えをされていてうれしくなりました。演劇の演出などを長年続けられていたそうで、書店を劇場に例えているところは興味深いですね。

福嶋さんと同じように私も図書館をよく利用しています。経済的な事情と生活スペースの確保が目的だったのですが、書店の売れ筋などはまったく無視した品揃え(というのか?)が新鮮で、ぶらぶら棚を見ていると意外な掘り出し物がありとても面白いのです。

息子の大学のシラバスをパラパラめくっていて、同じような感覚におちいった事を思い出しました。インターネットで検索するときはキーワードを入力する必要がありますが、本などを斜め読みしながらパラパラめくっていると、自然に大事そうな事が目に飛び込んできたりしますね。これはパソコンでは絶対出来ないことです。そしてこういう脳の使い方が出来る事が、人間のすばらしいところだと思います。

図書館でぶらぶらしながら棚を見るのもそれと似ていて、書店で本を選ぶのとはちょっと違う感じがします。書店の棚は結構ジャンルがきっちりまとめられていて、関連のあるものをひと目で見る事が出来ますね。それに比べて図書館の棚は大雑把にまとまっていますがあまりまとまりが無く、文脈とか構成とか、私たち書店員が大事にしているキーワードとは対極にあると思います。でもあえて時々そういう棚を見ることで、なんとなく自分自身がリセットされるような感覚があります。

劇場にやってくる観客たちは、ひたすら私たちの劇場をカオスに向かって進めようと日夜アクションを繰り返すかのようです。そんな私を癒してくれるのは、意外と図書館の雑多な棚だったりします。

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2009年4月16日 (木)

昭和のエートス

昭和のエートス Book 昭和のエートス

著者:内田樹
販売元:バジリコ
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いつものブログ・コンピレーションものではなく、雑誌や新聞に寄稿した文章をまとめたものです。普段のブログと異なり、多少依頼先の意図に合わせて窮屈そうですが、それでもオモロイですね。エートスというのはあまり聞かない言葉ですが、このタイトルの場合「精神」とか「時代のもつ習慣、雰囲気」という理解でよいのでしょうか。

「喧嘩の効用」という章が面白いです。最近、大人も子供もめっきり喧嘩をしなくなりました。喧嘩と言うのはコミュニケーションとしてはあまり良いものではありませんが、それでもお互い無関心よりはよいかもしれません。

喧嘩と言うのは勝ち負けですが、そのためには勝ったり負けたりするためのルールが必要です。つまり、喧嘩をする前には当事者同士のコミュニケーションが成立していないと論争が成り立たないことになります。論争できると言うことは相手のことを認めていなければいけないのですね。「君の理論は破綻している、なぜならば・・・。」と言えるということは、「なぜならば」以下の「・・・」の部分の理屈を相手が理解でき、なおかつその対立している構図についても相互の了解が成り立っているからに他ならないのです。

人間関係において、喧嘩のような状態はあまりよくないのはもちろんなのですが、共感を伴わない人間関係に比べるとそのような「熱い」状態はむしろ好ましいものに写ります。自分の考えるリアリティに対して共感を示さない相手に対して、あたかも存在していないような作法が世の中を覆っているような現在、「いっちょう喧嘩でもしてみるか」ぐらいの気持ちでいる方が、なんとなく人間らしくて良いような気がします。

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2009年4月14日 (火)

一生モノの勉強法

一生モノの勉強法―京大理系人気教授の戦略とノウハウ Book 一生モノの勉強法―京大理系人気教授の戦略とノウハウ

著者:鎌田 浩毅
販売元:東洋経済新報社
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著者の鎌田浩毅先生よりお送りいただきました。ありがとうございました。そしてアルクのMさん、お買い上げありがとうございました。地元の図書館で予約が十数人だとのこと。なかなかの人気ですね。

著者の鎌田先生とは灘高の木村先生からのつながりでお付き合いさせていただいています。いつもありがとうございます。それにしても、この本を読んでいると「勉強」というのはいかに奥が深く、際限が無いものかという事が思い知らされます。

人間は仕事や学校、そのほかにも様々な人間関係を通じて、社会という世界を体験しています。その体験を通じて私たちは成長していくのですが、その中で自分自身の成長の度合いを判断するものさしとして、そこにはどうしても「他者からの眼」という基準が必要になってくると思います。いいかえれば客観的な視点ということかも知れません。

自分自身の評価を高めることで、より自分の言いたい事が相手に伝わるようになるという、ある意味逆説的な手法を取り入れることで効果を生み出すという勉強法は、今までにないアイデアだと思います。普通に考えると「真っ赤なスーツを着て授業をする」というのはマイナス・イメージが先行しそうですが、あえてそうすることでまず注目してもらうというような「捨て身」の戦法が随所にちりばめられています。新聞なども「読むのは1紙、しかも1日10分まで」とかバッサリ決めてしまうことで効率を高めています。これも言ってみれば「捨て身」かも知れません。

この本に書かれた勉強法を読み通してみて感じたのは、鎌田先生が常に自分以外の誰かのために勉強の結果を役立たせようというと思っていらっしゃるのではないかということでした。ここではないどこかに行くための方法として人は学びという行動を起動させます。「新しいことを知ったり、自分の考えが正しいことが証明される」というのは人間の根源的な喜びにほかならないと、鎌田先生は結んでいます。「勉強法」がそれだけにとどまらず、人生を変えるツールとして使われることは、すべての人々にとって大きな成功への架け橋となっていくに違いありません。

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2009年4月10日 (金)

みじかい眠りにつく前に

金原瑞人YAセレクション みじかい眠りにつく前にI 真夜中に読みたい10の話 (ピュアフル文庫 ん 1-10) (ピュアフル文庫) Book 金原瑞人YAセレクション みじかい眠りにつく前にI 真夜中に読みたい10の話 (ピュアフル文庫 ん 1-10) (ピュアフル文庫)

著者:有島 武郎,いしい しんじ,魚住 直子,江國 香織,恩田 陸,角田 光代,鷺沢 萠,寺山 修司,梨屋 アリエ,楡井 亜木子
販売元:ジャイブ
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相変わらず忙しくて更新できてません。

今回はちょっと変わったのを・・・。翻訳家の金原瑞人さんセレクションのヤングアダルト・アンソロジーです。鷺沢萌、いしいしんじ、恩田陸など人気の作家に加え、なぜか寺山修司、有島武郎をコラボレーションしています。有島武郎の「小さきものへ」は森絵都さんのお勧めですが、森さんによるとこの作品は「ヤングアダルトど真ん中」だそうで、「どこがど真ん中なんじゃ?」と思いながら読みましたがあたらずとも遠からずで、結構楽しく読めました。その辺のど真ん中加減は皆さん御自身で体験してみてください。

こうやって今の作家と古いものをあえてコラボしてみるというのも、なかなか面白いものですね。いろんな感性で選んで、若い方にこういった古典を勧めてみるというのもいいかもしれません。どこかの出版社さんでこういった企画をもっとやっていただくと、若い方が古典の面白さに気づいてくれるような気がします。

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2009年4月 3日 (金)

読書について

読書について 他二篇 (岩波文庫) Book 読書について 他二篇 (岩波文庫)

著者:ショウペンハウエル
販売元:岩波書店
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ショウペンハウエルです。難しいです。わかるところだけ拾い読みする感じですが、本を読むということについてあらためて考えさせられた気持ちです。

読書というのは他人にものを考えてもらうことだといいます。いきなり厳しいですね。つまり読書とは、他人の考えた後をたどっているにすぎない。常に乗物を使っていればついには歩くことを忘れてしまうのと一緒で、ただ読むだけでその後で読んだことを考えて見なければ精神の進歩は無いという。まさにその通りで、刹那的な楽しみのためだけにする読書から得られるものは無いでしょう。しかし、読んだことを日々の生活に生かす事ができるのならば、読書を通じて私たちは成長することができるのではないかと思います。目の前の本を思索の道具として使うことが出来るようになると、読書というのはもっと面白くなるのだと思います。

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2009年4月 2日 (木)

続ける力

続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書) Book 続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書)

著者:伊藤 真
販売元:幻冬舎
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久々の更新です。本屋さんというのは新学期がとても忙しく、それに加えて長男の大学進学で下宿さがし、荷物の搬入などで本を読むどころではありませんでした。・・・と言いつつ少しは読んでいたのですが、書く余裕が無かったのが本音です。

今回は司法試験指導塾の伊藤塾塾長の、成功するための王道について書かれた本です。司法試験に限らず大学入試、資格試験など、人生においてはいろんな場面で様々な試験が待ち構えています。それだけでなく、例えばダイエットや楽器習得などの目標を設定したときに、それを成し遂げるために私たちは様々な方策を講じます。しかしその目標を達成するために必要な、面白みの無い単純な作業の前に挫折することが多いと思います。

「単純で退屈なこと」を投げ出さずに続けるにはどうしたらよいのでしょうか。そのひとつとして、「やるべきことを徹底的に絞り込む」というのが効果的だそうです。司法試験には手書きの論述問題が出題されるそうですが、字のきれいさは採点の対象にはならないにしろ、あまり汚い字では採点者の印象が悪くなるかもしれないと考えた著者は、ペン習字をはじめます。ペン習字のためだけに何時間も費やすことは出来ないので、「漢字は大きめ、ひらがなは小さめ」など、すぐ出来るポイントを拾い出しました。それに加えて、答案を書くときによく使う言い回しなどを中心に、丁寧に練習するようにしました。このようにやるべきことを少なくして、退屈さのハードルを下げることで継続して練習を続けることが出来るようになるそうです。

仕事でも日常生活でもそうですが、「うまくやってるな」と思わせる人びとはこのような「続ける力」を持っているように感じます。あとがきで著者は「人が生きることの本質は、結果を残すことにあるのではなくそのプロセスにある。」と言っています。そのように人間というのは、結果を生み出す過程を楽しむことに生きる意味を見出しているのかもしれません。

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2009年3月23日 (月)

なぜ日本人は劣化したか

なぜ日本人は劣化したか (講談社現代新書) Book なぜ日本人は劣化したか (講談社現代新書)

著者:香山 リカ
販売元:講談社
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なんとなく読んだ後に気が滅入ります。活字、モラル、社会、生きる力などの様々なジャンルで日本人は劣化しているという、気の滅入るお話です。

2000年から大学で教員をやることになった香山さんは、あるとき同僚から「学生の単位の問題には気をつけたほうがいい」と助言されます。テストの成績などから、「不可」をつけた学生や保護者からクレームをつけられるというのがその理由でした。しかし香山さんが実際に目にしたのは、「不可」という評価をうけた学生が「私ってダメ人間なんですね」と傷つき、長きにわたって心にダメージを受けた姿でした。精神科医である香山さんは、大学と病院というふたつの職場が、地続きであるかのような錯覚に陥ったといいます。

このような精神面だけでなく、数値的に測ることのできる能力においても我々日本人は劣化していると香山さんは指摘しています。社会の様々なところで起きている後退現象をきちんと認識して早急に対策を施さないと、ますます劣化は進んでいってしまう。毎日の生活のなかからでも、日本人のリテラシーやモラルの低下は肌で感じるところです。自分自身も他人事ではなく、いろんな手段で少しでも歯止めをかけなければと思わされました。

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2009年3月16日 (月)

17歳は2回くる

17歳は2回くる おとなの小論文教室。(3) Book 17歳は2回くる おとなの小論文教室。(3)

著者:山田 ズーニー
販売元:河出書房新社
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「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気コラム、「おとなの小論文教室」をまとめた本です。小論文教室というより、「手探りしながら世間を泳いでいく力」や、「人とつながる力」、「自分を表現する力」に一緒に気づきましょうという趣があります。

読者からこんなメールが届きました。

「デザインに憧れ広告代理店を飛び出し、運良くデザイン事務所で働けることになりました。しかしその主宰者のデザイナーは著名な方なのですが、徹底的に自分の好きでないものを否定するのです。「好みの地獄」ともいえるほど狭い範囲で仕事をしていると、デザインというのがくだらないものではないかというマイナス思考に支配されそうになります。クリエイティブというのは、不自由なものなのでしょうか。」

そこで著者の山田ズーニーさんは、知人で「an an]を立ち上げたことでも知られるアートディレクターの新谷雅弘さんに聞いてみることにしました。新谷さんが「デザインって、もしかしたらくだらないものなのかも」と長く思っていたことを聞いていたからです。

新谷さんはこの話を聞いたときに、他人の美意識や人間観、生き方について第三者が軽々しく言うべきではないが、自分自身がそんなときどうするかは言ってもいいだろうと考えました。そして、高校生の時に出会った「いま、その人の身に起こっていることは、その人にふさわしい」という言葉を相談者におくりました。

苦しいときやつらいときに、その原因が自分自身にあると思いたくないのが人情だと思います。しかしそうやって自分自身に向き合うことでしか、人は成長できないのだと思います。自分の選んだ状況にどんな意味をもたらすかは自分だけなのだと思います。

でも、とてもいいことが起こったときもそれは「自分にふさわしい」と思えるような心の準備はしておきたいものです。

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2009年3月13日 (金)

3分でわかるラテラル・シンキングの基本

3分でわかるラテラル・シンキングの基本 Book 3分でわかるラテラル・シンキングの基本

著者:山下 貴史
販売元:日本実業出版社
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ラテラル・シンキングというとあまり聞き覚えの無い言葉ですが、「水平思考」というとお聞きになった方も多いと思います。ロジカル・シンキングが「垂直思考」とすると、ラテラル・シンキングが「水平思考」で、対になって紹介されることが多いですね。

それでは物事を論理的に垂直方向に深く掘り下げるロジカル・シンキングと違ってラテラルシンキングはどう違うのでしょうか。ラテラル・シンキングは水平思考と呼ばれるように、思考を水平に展開、移動する考え方です。前提を疑ったり新しい見方をするといった、「違った観点、違う側面」からの思考法のことです。

面白い例として、伊勢丹での店舗戦略のことがあげられていました。通常、商品の陳列スペースは「売り場」と呼ばれていますが、伊勢丹では「買い場」と呼んでいます。「売ろう」という店側の論理を顧客に押し付けるのではなく、買う側が主役であることを意識するためにそんな呼び方をしているそうです。

私たちはどうしても自分の立場でしか物事を考えがちですが、ビジネスの場において役割を逆転したり視点を変えてみることで新しい気づきが得られると言います。垂直思考と水平思考は組み合わせて使うことで深さだけでなく幅のある立体的な思考が可能になります。マーケティングのジャンルで使われる考え方ですが、いろんな職種で使われるようになると面白いなあと思いました。

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2009年3月10日 (火)

橋本治と内田樹

橋本治と内田樹 Book 橋本治と内田樹

著者:橋本 治,内田 樹
販売元:筑摩書房
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橋本治の話すことをウチダ先生が聞くという、珍しい組み合わせの対談集です。ウチダ先生が聞き役に徹しているというのは、ちょっと新鮮な感動があります。

村上春樹が小説を書くときに必要なのが、「僕」と「読者」ともうひとつ、「うなぎ」だそうです。煮詰まってくるとうなぎを呼び出していろいろたずねるのですが、そうするとうなぎは「ああしろ」とか「こうしろ」とか言うそうです。それでいいとかだめとか言うけれども、うなぎが出てくるとますます事態は混乱してしまうそうです。

橋本先生の場合はそれが「左肩」だそうで、左肩でどうも身体のバランスをとっているような感じらしい。足場を支える支点なのでしょうか。仕事を依頼されるときに直接左肩に聞いたりするのではなく、左肩に開いている井戸みたいなものを見て、「もつかな、もたないかな」って見てるような感覚だそうです。

というようなわかったようなわからないような話がとりとめもなく続いて、私としてはとても面白かったのですが、こういうのを読んでいるとどこかで誰かとこういうとりとめの無い話を際限なくしたい衝動に駆られてしまいます。だれか時間のある方、私ととりとめのない話をしに来てください。お願いします(ウソ)。

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2009年3月 3日 (火)

白川静

白川静 漢字の世界観 (平凡社新書) Book 白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)

著者:松岡 正剛
販売元:平凡社
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ほぼ晩年に「字統」「字訓」「字通」を立て続けに著した白川静さんの評伝は、この本が出る前は無かったそうです。あまりに大きな存在であった白川さんの業績を評するのは、非常に困難だったからなのでしょう。この本の著者の博識で知られる松岡さんでさえ自分にできることは、「白川静というあまりに巨大な山岳や山脈のところどころに分け入って、多少の地図や立て札をつけてみる」ことだけだといっているほどです。

漢字には文字が生まれる以前の、悠遠なことばの時代の記憶があると言います。漢字の持つ形は、それが成立した時代の人びとの考え方や暮らしを、具体的にあらわしています。

私たちは日頃使っている漢字に、そのようなヒストリーやエピソードが隠されていることはあまり意識していないように思います。しかし、漢字というのはただ単に「フォント」というだけではなく、もっと力を持ったものだったはずです。子どもが生まれたときに漢字辞典などをにらみつけ、漢字の持つ意味を必死に読み取ろうとした記憶がある方も多いと思います。

もともと中国からやってきた漢字ですが、それをうまく取り入れ仮名と組み合わせて使いこなしてきた我々だからこそ、もういちど漢字の持つ力を認識し、書き言葉や話し言葉の正しい使い方に目を向けることが大切だと思います。検定ブームでどれだけ漢字を知っているかといった雑学的な知識がもてはやされていますが、歴史の流れの中で生き続けている漢字について、もういちど正しい認識を持つことが大切なのではないでしょうか。

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2009年2月25日 (水)

最後の冒険家

最後の冒険家 Book 最後の冒険家

著者:石川 直樹
販売元:集英社
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気球による太平洋横断。聞いただけではなかなかイメージできませんが、読んでみると普通の人では絶対不可能だと言うことがわかります。地上では登山や極地探検など、さまざまな冒険が成し尽くされてしまっていますが、空と海ではまだまだ可能性があるようです。

この本は「植村直己冒険賞」を受賞した故神田道夫氏に、サポートとして太平洋横断に関わった著者が贈ったメモワールです。著者ははじめの横断に同行しますが墜落して着水し、偶然通りかかった貨物船に命からがら救助されます。その後、サポートを得られなくなった神田氏は単独で横断を試みますが、太平洋上で消息を絶ちます。

太平洋を気球で横断するには、高度8000メートル付近のジェット気流に乗り、時速150キロ程度のスピードで航行しなければ、燃料の関係で途中で墜落することになるそうです。想像以上にタフな状況に人間はどこまで耐えられるのでしょうか。気温マイナス40度、酸素は地上の三分の一という過酷な状況で、ガスバーナーを操り高度を維持しなければならない。はじめは気球で飛ぶのが冒険なのかと思ったものですが、紛れも無い「冒険」そのものでした。

結果として神田氏は生還することはかないませんでしたが、冒険に命を捧げたことは本望だったかもしれません。彼は最後の通信で「飛べるところまでいく」といったそうです。植村さんもマッキンリーで行方不明になる前に「何が何でもマッキンリー登るぞ」と書き記したと言います。冒険家が強い決意を表すときは、同じように窮地に陥り「どうも勝ち目が無いな」と感じたときなのでしょう。日常では得られないこういった極限の状況は、直接味わう術はありませんが、このような本を読むことで人間の尊厳や生き方を見直すことができると思います。

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2009年2月20日 (金)

ゴーン道場

ゴーン道場 (朝日新書) Book ゴーン道場 (朝日新書)

著者:カルロス・ゴーン
販売元:朝日新聞出版
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この本は、朝日新聞の「be」に連載された「ゴーン道場」を書籍化したものです。ビジネスの場だけでなく家庭での子育てなど、幅広く質問に答えています。

ゴーンさん自身、これまでにたくさんの成功と失敗を繰り返してきたといいます。そんな経験の中で、自分が決断を下すときに他者の決断を参考にすることは有効だったと述懐しています。そして人を育てていく上で必要なことは、自分から歩み寄り、自分自身が他者から学んだ事を伝えていくことだといいます。

「最近の若者は指示待ちで意欲が無い」とよくいわれますが、なぜそういう態度になるかを考えつながってみることで、多くの場合問題は解決できるそうです。コミュニケーションしてみるまえにあきらめるのでなく、まず働きかけてみることで、いい結果につながるかも知れません。

リタ・ゴーン夫人の本も読みましたが共通して感じたことは、仕事で関係をもった相手や家族などを、いろんな手段で独立した存在にしていこうという信念をもった方たちだと言うことです。おふたりともレバノン出身ということが影響しているのか、独立して自分自身が資本となって生きていくことの重要性を強く感じます。日本人のメンタリティとは少し違うかもしれませんが、こういったことはこれからの時代にもっと大切にされても良いことだと思います。

若い社員の指導に悩んでいる方や、子育て中の方にもお勧めです。

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2009年2月16日 (月)

面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則

面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則 Book 面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則

著者:本田 直之
販売元:大和書房
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ワタクシ、恥ずかしながらかなりの面倒くさがりやで、ウチでは家人に結構迷惑がられていたりします。しかし、職場や家庭以外の人間関係では他人様に迷惑がかかるので、なるべくいろんな案件はすばやく処理することにしています。

メールはすぐに返事。問い合わせにはすぐ返事。とにかくあとで言い訳するのが面倒なので、なるべく用事は早めに済ませるようにしています。

この本の著者も「究極の面倒くさがりや」だそうで、コツコツ地道に努力することが大嫌いだとか。でも面倒なことをきちんとクリアしておくと、あとあとおかげで楽になったということは多いですね。例えばパソコンのソフトウェアなどのマニュアルは面倒なのできちんと読まないことが多いですが、適当に使っていると効率の悪い使い方をしていて結局面倒なことになってしまいます。

いま自分がどんなことを面倒なことだと感じているかを認識すると、そこに目を向けることで仕事や私生活を大きく変えるきっかけになるかもしれません。人生には大きなチャンスなどは本来存在せず、小さなきっかけを積み上げることが成功につながるのではないかと読んでいて感じました。

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2009年2月11日 (水)

建築家 安藤忠雄

建築家 安藤忠雄 Book 建築家 安藤忠雄

著者:安藤 忠雄
販売元:新潮社
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独学で建築を学び、事務所を設立。エール大、ハーバード大の客員教授や東大教授を歴任するなど、華々しいサクセスストーリーが語られているのかと思いきや、まったく正反対の「思うようにいかないことばかり」の半生記です。

私が安藤忠雄と聞いてまず頭に浮かぶのは「住吉の長屋」です。大阪の住吉区の三軒長屋の真ん中というあまりにささやかな空間に、自然の厳しさを感じながら暮らすための工夫が考え抜かれています。ただでさえ狭い空間に中庭を設け、部屋と部屋を行き来するのにいったん中庭=外に出なくてはいけない。雨が降っていたら、トイレに行くのに傘を差さなければいけない。

しかしそのような狭い空間に無駄と思われる中庭を配置したのは、その自然の空白こそが狭い住居に無限の小宇宙を生み出すのだと言う考えに基づいている。それはこの場所で生活を営むのに本当に必要なのは何かという、思想に対する答えなのです。

「光と影」。ひたすら影の中を、遠くに見える小さな希望の光を追うようにして必死に生きてきた人生だったと安藤さんは結んでいる。現代の社会では「絶えず光が当たる」ことが良い人生のように思われているが、本当はそうではなく、その光を遠くに見据えて、それに向かって進んでいる状態にこそ人生の充実はあるのだという。影の部分をしっかり見据えることで、光の美しさはより生き生きとしたものに感じられるのでしょう。

メモワールというより、安藤哲学をあらためて社会に問いかけることで、疲弊した社会に新しい風を吹かせるようなパワーを感じました。ぜひご一読を。

そういえば、私は建築屋の息子なんですが、今思うと建築も面白かったかもと少し後悔しました。

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2009年2月 6日 (金)

吉本隆明の声と言葉

吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜 Book 吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜

著者:吉本隆明
販売元:東京糸井重里事務所
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今年の年頭のNHKのETV特集で、吉本隆明さんの講演会の模様が放映されていました。動いて話をする吉本さんを見るのは初めてでしたので、言葉遣いからいろんな動作まで集中して観てしまいました。面白いんだか面白くないんだかわからないところがよかったです。

吉本さんの講演の音源は約170回分あるそうですが、そのなかから29回74分を糸井重里さんが抜き出してCDにしたのがこの本です。短いものは23秒とか、本当に短いのですが、かえってインパクトがあっていいです。付録のブックレットに吉本さんと糸井さんの対談が収録されているのですが、吉本家の居間で収録されたお話がしみじみといいです。以下、その中の一節からです。

言葉をうまく使える人は今の世の中で自然と統率者になってしまう。それは、言葉をうまく使えるかどうかが格差につながるということになる。しかし人間らしさというのは文章がうまかったり、話がうまかったりすることで決まるのではないのではないか。本当は言葉というのはおまけで、外には聞こえず自分の内側に語りかける部分こそが人間の幹であり、本来の自分ではないかと吉本さんは言っています。言葉の幹は沈黙であり、言葉となって出たものは枝葉のようなもので、いいも悪いもその人とは関係ないといいます。

うまく言えるヤツは勝ってしまうけど、人間の価値はそんなことでは決まらないという事でしょうか。

聞いてみるとひとつひとつが短くて、結構いいところで終わっているので続きが聞きたくなりますが、ブックレットにそのお話の部分に関連した本の紹介が載っていますので、続きはその本でお勉強ということになりますね。昔の著作、少し読んでみたくなりました。

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2009年2月 5日 (木)

言語表現法講義

 言語表現法講義 言語表現法講義
販売元:
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この本は、明治学院大学の「言語表現法」の授業をもとに、模擬授業という形で構成されています。タイトルからしていかめしく、さぞアカデミックな内容かと思いきやそうではありませんでした。

言語学とか表現論とかいいますが、「学」と「論」、そして「法」の違いはどの辺で決まるのでしょうか。人が文章を書くときには、頭で考えて手で書きます。その頭と手の比率の違いで「学」と言ったり「論」と言ったりしているのだそうです。「言語表現法」というのは頭と手が半分づつの状態らしい。書くときに手と頭のバランスを半々にすることを目的としていると言っても良いでしょう。

その半々の状態でなければいけないのは何故でしょうか。文章を書く上で一番大事なことは「知っていることを書くのではなく、書く事を通じて何事かを知る。」ということだそうです。半々の状態でなく頭が勝つと学問になってしまうし、文章教室のように手のほうに行き過ぎてしまうと、「小手先」になってハウツーに近づいてしまう。そうならないような状態で文章を書くというのも、それはそれで大変だと思いますが、言わんとしていることはわかる気がします。

書くことを手がかりにものごとを考えるという方法は、実際に文章を書いてみるととてもいい方法だと実感します。頭の中で考えていることは、やはり実際に手を動かして書いてみないことには絶対に固定化されないんですね。書くと言うことは今まではアウトプットの手段だと思っていましたが、それだけではなく自分の内面に向かうためのツールでもあると言う、面白い使い方もあることを知りました。

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2009年2月 3日 (火)

ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力

勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践 Book 勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践

著者:勝間 和代
販売元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
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京大の鎌田先生の「ブリッジマンの技術」に触発されて、フレームワークの勉強中です。

この本はビジネスの場面において使われている、様々なフレームワークの事例について説明されていますが、読みすすめていくほど日常生活への応用ができそうでとても面白かったです。

私たちは毎日の暮らしの中で、限られた情報と時間の中で適切な判断を迫られることが多々あります。そんなときに正しい判断をすばやくできる人は、「フレームワーク力」を持っている人だそうです。「フレームワーク力」というのは、既存のフレームワークを正しく使い、さらに新しいフレームワークを作ることができる能力の事ですが、いろんなフレームワークをもっている人ほど、瞬時に適切な判断ができるようになるそうです。言い換えてみれば、種類の違う物差しをたくさんもっているという感じかもしれません。

「何かの概念や考え方を自分なりに束ねて整理して、考えやすく、覚えやすくするもの」がフレームワークという考え方だそうですが、そういう意味では複雑な現代社会を生き延びるツールとして、これからますますフレームワークという考え方は必要とされるでしょう。「空」をみたら「雨」が降ってきそうだから「傘」を持っていこうという行動などは当たり前のようですが、言い換えてみれば「情報を事実→解釈→行動に分解して思考を深める」事だといえます。そうすると他の場面に応用することができますね。それを「空・雨・傘」と短くコンパクトにして覚えやすくしているのです。

人と話をしていると完結に話をまとめるのが上手な方がいます。そんな方の話は印象に残りやすいものです。コンパクトにまとまると覚えやすく、相手に渡しやすく、相手は受け取りやすいですね。そして、受け取った人はまた他の人に渡しやすくなります。そんな風に人と人をつなぐツールとして、フレームワークをもっと活用したいと思います。

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2009年1月28日 (水)

なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?

なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?―仕事も恋愛も人生も成功に導く!他人とかしこく関わる方法 Book なぜ、他人のゴミを拾ってしまうのか?―仕事も恋愛も人生も成功に導く!他人とかしこく関わる方法

著者:丸屋 真也
販売元:リヨン社
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著者は臨床心理学者として、主に人間関係のトラブルや悩みに携わり、カウンセリングを行っています。その中で気づいたことは、人付き合いのトラブルを抱える人の多くは、「自立」できていなかったり、「自立」の意味を取り違えていたりする場合が多いということです。

では、「自立」いうのはどういう状態を言うのでしょうか。すぐに頭に浮かぶのは経済的に独立しているということですね。しかしお金で解決できない精神的なトラブルに追い込まれているような状態ならば、本当の意味で自立しているとはいえません。

他人に頼らずなんでも自分で解決できることを自立だと勘違いしている人がいますが、そうではないようです。本当の自立とは、自分のできることは自分でやり、自分の限界を超えたところは他人の助けを借りるという、バランス感覚を持った状態のことだそうです。自立した生活は他者に依存しなければ成り立たないということを頭に入れておくことで、生きるのがとても楽になるかもしれません。

著者は自立の意味を探りながら、人と付き合うための「バウンドリー」という概念について紹介しています。バウンドリーというのは「自分の責任領域を示す境界線」のことです。どこまでが自分の責任でどこからが他人の領域なのかをはっきりさせるために、心の中で線引きをすることです。

私たちには隣の家の庭のゴミを拾う責任はありません。しかし人付き合いの中で、隣の家のゴミ拾いに近いことをしていることは結構あるかもしれません。こういうことは他人のバウンドリーを侵すことになり、相手の自立を妨げることにつながってしまいます。

自分のバウンドリーを確立できるようになると、他人と自分の境界線が明らかになり、うまく人付き合いができるようになります。そして時には境界線を少し越えて相手の方に踏み込んでみたり、行き過ぎたと思ったら戻ってみたりと、いったりきたりすることで、人間関係の幅を深めていくことができるのです。なんとなくわかっていたつもりの「自立」という言葉ですが、こうやって整理してみるときちんとわかっていなかったのだと気づきました。

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2009年1月23日 (金)

人類は「宗教」に勝てるか

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス) Book 人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)

著者:町田 宗鳳
販売元:日本放送出版協会
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オバマ大統領の就任演説で興味深い点がありました。

「私たちのために、彼らはわずかばかりの身の回りのものを鞄に詰めて大洋を渡り、新しい生活を求めてきました。・・・・」

このように、建国以来のピューリタン精神はいまだにアメリカ社会を突き動かしているといえます。しかし、ピューリタンというのは直訳すると「潔癖な人たち」と言われるように、プロテスタントの中でも急進派だったといえます。イギリス国内に居場所のなくなった彼らはメイフラワー号に乗ってアメリカにやってきます。そして、その祖先たちから引き継いだ独善的で融通の聞かない精神は、国内外に多くの影響をもたらしています。

「信じるものは救われるが、信ぜぬものは裁かれる」という大宣教令をうまく対テロ攻撃の方便として使ったブッシュは「我々の側に付くか、テロリストの側につくか」と演説し、国民はそれを受け入れてしまいました。ブッシュがイラクに攻め入るときに「正義の十字軍」という表現を使っていましたが、それはいまだにキリスト教者であるアメリカ国民の深層意識に刷り込まれている共通認識なのでしょう。そのことは、アメリカを中心としたグローバリズム=キリスト教が世界に広まることこそ人類の幸福を実現するという、一神教の理念の単なる押し付けに過ぎないかもしれません。

著者は20年間大徳寺で修業した後渡米し、ハーバード大学神学部で修士号を取得、その後他大学で博士号を取得するなど、一神教と多神教の両方の世界を体験されています。そんな著者が「ほかならぬ宗教こそが人類最大の敵だと考えている」いう理由はどこにあるのでしょう。それは現代の宗教が「信仰」ではなく、「儀式」や「政治の道具」になりさがってしまったからに他ならないからだと思います。

宗教が人々を救えないことは感じていましたが、それでは私たちは何を信じて生きればいいのでしょう。いまこそ私たちは、新しい真理に向かって進まなければならないときなのかもしれません。

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偏差値崩壊

偏差値崩壊 Book 偏差値崩壊

著者:牧野 剛
販売元:PHP研究所
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先日出版された河合塾の牧野先生の著書です。まだ読了していませんが、取り急ぎお知らせです。

偏差値というと、なだらかなカーブで真ん中あたりが山のてっぺんになっているグラフを思い浮かべます。ところが近年、データ修正せずにグラフを作ると、フタコブラクダのように山がふたつできてしまうそうです。それはなぜかを検討したところ、「日本語力と論理力」の差が、ふたつの山を生み出したのではないかという結論に達したのです。

牧野先生は、文章ではなく単語でしか質問できない生徒を前にして、家庭環境の差が言語能力に影響を及ぼし、それが学力の大きな差に結びついているのではないかと思い当たります。「メシ」というだけで食事が出てきて、「ごちそうさま」という事も無くゲーム機に向かうような暮らしをしていると、学びや学力とは程遠い生活になってしまいます。

もともと偏差値というのは、全体の中で自分はどのあたりにいるのかを相対的に知る、モノサシのような役割をするものでした。しかし教育現場では簡単に生徒の指導ができるため、偏差値だけを価値観にして進路指導を行う傾向にあります。例えば、「君の偏差値は55だ」と言われると、もともと相対的な評価だったものが絶対的な評価として受け取られてしまいがちです。

それ以外にも偏差値重視には、いろいろと弊害が指摘されています。すべてにおいて他人との比較を重視し、逆に内面の研鑽を怠りがちになる。能率重視で、実力が問われることが少ない。などなど、欠点も表面化しています。

受験だけでなく社会に悪影響を及ぼしつつある偏差値と、うまく付き合う方法はあるのでしょうか。あるとしたら、偏差値をモノサシとして上手に使うことのできる教師のがんばりと、学校以前の家庭環境の改善につきるのではないかと感じました。

教育関係者だけでなく、皆さんにお読みいただきたいと思います。

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2009年1月20日 (火)

先生はえらい

先生はえらい (ちくまプリマー新書) Book 先生はえらい (ちくまプリマー新書)

著者:内田 樹
販売元:筑摩書房
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実は、この本を読むまでウチダ先生の本は読んだことがなかったのです。その意味では、私にとっての記念すべき1冊です。某通信添削会社のブックガイド向けに読んでみたら面白かったので、以後著書はほとんど読ませてもらってます。

そういえば、人と話すときにネタに使っている「沈黙交易」も、どの本で読んだのか記憶に無かったのですが、読み直してみたらこの本でした。

沈黙交易というのは文化も習俗も違う異部族間で、それぞれの特産品などを対面することなく交換し合うことを言うそうです。お互いの特産品といっても、双方がお互いにその価値を知っている物では無かったというのが大事なんです。最初に交換したときには、それにどんな価値があるのかわからなかった。けれども何度も同じ物を受け取っているうちに、どうやって使うのかに気づいたのでしょう。相手がどんなものを贈ってきたのかわかっていると、交換を続ける気力は減少してしまう。お歳暮やお中元など、価値のわかる物を贈りあうというのは、つきあいとしては大事かもしれませんが、あまり面白い物ではありません。

人と話をするときはお互い言葉を交換し合っているわけですが、話している間にこの話がどこに向かっているのかがわかっていることほど、つまらないことはありません。それよりは、なんとなく話題をつないでいったら、お互いにとって大きな気づきになったというときのほうが、愉しいものです。

人間の活動の動機というのは、意外と単純なのではないかと思うときがあります。やりとりという行為そのものが面白いからこそ、人間は交換し続ける。そういった基本に立ち返って自分の仕事を見返してみると、新たな気づきを得ることができるのではないかと感じました。いい本ですのでぜひお読みください。

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2009年1月16日 (金)

ブリッジマンの技術

ブリッジマンの技術 (講談社現代新書) Book ブリッジマンの技術 (講談社現代新書)

著者:鎌田 浩毅
販売元:講談社
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京都大学の鎌田先生の本です。テレビで拝見すると、大学の先生らしからぬ派手なスーツを着ていたりするのでびっくりしてましたが、それには深いわけがあったのです。

経営コンサルタントなんかが良く使う言葉で「フレームワーク」というのがありますが、それは「考え方の枠組み」とか「頭の中の思考パターン」という意味です。お付き合いするのが苦手な相手とは、このフレームワークが違っているからに他ならないのです。そして、相手とのフレームワークの橋渡しを上手にできる人のことを、鎌田先生は「ブリッジマン」と名づけました。

例えば奇抜な服装も、火山学という地味な学問に目を向けてもらうための手段だったのです。その前は普通の大学の先生と同じような地味なファッションだったのですが、あるとき授業の後、パーティーに出席するためにおしゃれな服装で教室に行ったところ、生徒たちの食いつきがまるで違ったという経験をします。そのことをきっかけに、奇抜なファッションは学生とのフレームワークの橋渡しに大いに役立ったといいます。

フレームワークの概念は人間関係だけでなく、科学や哲学、難解な文章の読解など、さまざまな場面で役に立つといいます。詳しくは本書をぜひお読みいただきたいのですが、もともとは自然災害から人々を救うために身につけたこの技術を、いろんな場面で活用して、人と人との橋渡しをする「ブリッジマン」になってほしいと鎌田先生は願っています。

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2009年1月15日 (木)

この世でいちばん大事な「カネ」の話

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ) Book この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ)

著者:西原理恵子
販売元:理論社
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サイバラさんの「毎日かあさん」売れてますねえ。でもワタクシあの絵がダメで、しかも活字じゃないのがダメで、読めないんです。この本は全部活字なんで大丈夫でした。

生まれ育った高知の漁村では、お金というのは魚の匂いのするものだった。漁師が魚を触った手でやり取りしたお金が町のなかをまわっているので、お金には魚の匂いが染み付いている。そして町には貧富の差が無かった。町中が貧乏だったから、自分が貧乏なんて気づかなかったのだった。友達の家にはなんと窓が無かった。窓ガラスが割れても直すお金が無い。

そんな環境で知ったのは、貧困と暴力というのは隣りあわせだということだった。お金が無いことに追い詰められると、人は人でなくなってしまう。簡単に破滅に向かってしまうのだ。

でも、その負の連鎖から抜け出す方法がある。それは、千円でもいいから自分で稼ぐということ。そして稼ぐことで人は自由を手にすることができるという。

毎日働いていると、働くことの意味を忘れることがあります。どんなときでも働くことは希望につながる。人が人であり続けるために人は働き続けるんだと、サイバラさんは結んでいる。

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2009年1月 9日 (金)

反貧困

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書) Book 反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

著者:湯浅 誠
販売元:岩波書店
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近年、ワーキング・プアという言葉をよく耳にします。それは、働いているにもかかわらず、憲法で保障されている最低生活費以下の収入しか得られない人たちのことを指します。

著者の湯浅さんは、自立支援をサポートするNPOを運営し、たくさんの生活困窮者を手助けしたなかで、自己責任だけが貧困を招いたのではないと指摘しています。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの言葉として「貧困はたんに所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」と言うことを引用していますが、それは貧困が個人的な要因だけでなく、社会的、環境的な要因で起こっていることにつながると思います。

著者は、ホームレスなどの人達と接してきて、「潜在能力」にあたる概念を「溜め」と言う言葉で表現しています。農業などで使われるため池というのがありますが、急に日照りが続いてもしばらくはため池の水でしのげるという、緩衝材のような役目です。

著者が相談を受けた方は、あまりにも状況が深刻すぎて、自分では生活保護の申請をする意欲さえありませんでしたが、友人の説得で生活保護を受けることができました。そうして、少し余裕ができると気持ちにもゆとりがもてたのか、就職の面接を受けてみようという変化が出てきました。まったく「溜め」の無かった状態から脱することで、一歩前に進むことができたのです。

私たちの生活においても、金銭的な溜めが必要なのはもちろんですが、いざというときに助けてくれる友人を持つといった、人間関係の溜めを持つことが重要ではないかとこの本を読んで感じました。

今日もごらんいただきありがとうございます。

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2009年1月 6日 (火)

フィンランドの教育力

フィンランドの教育力―なぜ、PISAで学力世界一になったのか (学研新書) Book フィンランドの教育力―なぜ、PISAで学力世界一になったのか (学研新書)

著者:リッカ パッカラ
販売元:学習研究社
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知り合いの編集者さんに頂戴した本です。興味深く拝読しました。ありがとうございました。お聞きしたところでは、長時間のインタビューを翻訳、構成した労作とのこと。しかも、インタビューと翻訳をされたのが、先般ブログで紹介した「ゴーン家の家訓」の翻訳を手がけた方だったと知って驚きました。

OECDが行った学習到達度調査で、フィンランドの子どもたちが、何故あれほどの成績を残せたのかについて、実際に10年間教育に携わった著者の、内側からの視点で描かれています。

そのなかで、読む前からある程度想像していたように、言語の問題が取り上げていました。520万人という少ない人口の国が、ロシアなどの長い支配を受けた歴史から、自分たちのアイデンティティをどうやって持ち続ければ良いかを自らに問うた結果、母語の重要性に行き着いたのでしょう。しかしフィンランド人は母語だけでは、世界で生き残ることができないと考えています。フィンランドで普通に暮らしていくには少なくともフィンランド語、スウェーデン語、英語の3つが必要とされます。学校ではまず低学年で母語であるフィンランド語を学び、そこで培った文法の知識を元に英語を学び、その後スウェーデン語やドイツ語を学びます。そのように、言語の習得にとても時間をかけて教育を進めることが、すべての学習に良い結果を生み出しているのでしょう。

しかしフィンランドが教育において好調な結果をあげている背景に、人口の少なさがあることを見落としてはいけないと思います。29歳の青年を教育大臣に据え、教育改革を推し進めてから比較的早い時期に結果を出せたのは、すばやい舵取りのできる小国というお国事情によるものが大きいと思います。

いまの日本の学校で、同じことはすぐにはできないかもしれませんが、もっと小さいサイズの自治体や学校単位でフィンランド・メソッドを取り入れてみると、結構面白い結果が出るのではないかと期待しています。それよりもまずは、家庭で試してみるのはいかがでしょうか。1対1に近い教育のサイズでこそ、フィンランドメソッドは活かされるように感じました。

今日もごらんいただきありがとうございます。

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2009年1月 4日 (日)

いまこの国で大人になるということ

いまこの国で大人になるということ Book いまこの国で大人になるということ

著者:苅谷 剛彦
販売元:紀伊國屋書店
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はたして自分自身がどうやって大人になったのか。それは、ひとことではうまく説明することはできません。しかし、子どもを育てていく上である程度、自分の中で言語化して備えておかなければならないのではないかと、考える日々です。

そんななかで偶然出会ったのがこの本です。茂木健一郎、斉藤環、刈谷剛彦をはじめ16人のオムニバスで構成されていて、社会学だけでなく、宗教学、経済学、法学などさまざまなジャンルから、「大人になる」とはどういうことなのかを論じています。

なかでも面白いと感じたのは、宗教学者の島田裕己さんの「大人になるためのイニシエーション」。宗教学の世界では、大人としての自覚をもつようになることをイニシエーションと呼んでいますが、一般的には通過儀礼という意味合いでとらえられています。日本では旧くは元服の儀式があり、現在では成人式がありますが、それは本来のイニシエーションの性質とは大きく異なっています。それよりは、日常的な節目、例えば就職といった社会への参加がイニシエーション的な要素を多分に発揮していると思います。

しかし社会が正社員を必要とせず、単純労働者としてアルバイトなどの非正規雇用者を必要としだした頃から、少し図式が変わってきました。就職して自力で家族を養うという通過儀礼を経ない若者たちが、そのまま大人といわれる年齢層に達しはじめたのです。この国で大人になることが難しくなったのは、社会が大人としていろいろな判断のできる人材よりは、単純に労働に従事できる従順な人間をもとめてきた結果では無いかと思います。

私が子どもの頃は、いろんな場面で大人にしかられ、その都度多くの葛藤を抱き、それが大人になるための大きな糧となっていったように感じます。それが社会に出たあと、さまざまな苦しみに耐える力の源になっているのだと感じます。そういう意味で、大人になるというのは、耐える力を身につけることと言えるのではないかと思います。そのために準備されていたのが、伝統社会でのイニシエーションだったのではないでしょうか。

システムとして、このような通過儀礼を教育の場に設けることは不可能ですが、私を殴ってくれた怖い先生のような存在が今一度登場することも、社会が健全に機能するための一助となるのではないかと、痛切に感じます。

今日もごらんいただきありがとうございます。

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2009年1月 2日 (金)

博士の本棚

博士の本棚 Book 博士の本棚

著者:小川 洋子
販売元:新潮社
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この本は新潮社の「波」や中央公論の「中公読書室」などの書評や、新聞、雑誌に書かれたエッセイなどをまとめたものです。小川洋子さんのエッセイは、読んでるだけで頭が良くなる感じがして好きなのです。

なかでも印象に残ったのは「あなた以外に」という文章です。雑誌「海燕」に小説を書くようになって出会った、ある編集者とのエピソードです。

丸の内のビジネスホテルの喫茶店で、ゲラを前に打ち合わせをしていたときのこと。既に赤ペンでたくさんの直しが入ってはいたがまだまだ不十分で、その小説は題名さえ決まっていなかった。立ち止まっていたとき、ふとした拍子に頭の中に新しい場面が浮かび、数行の書き込みを入れる。そのうち、そのシーンを発展させる形で道が開け、題名のアイデアへとつながっていく。

完成前の未熟な小説の前で、編集者の内面ではどのような思いが渦巻いていたのでしょうか。それは、その本人しか知る由もありませんが、彼はそこに書き込まれるべき新しいシーンの前に立って、そこに来るべき著者を待っていたに違いない。そして「あなた以外にこれを書ける人はいないんですよ」と励ましながら、ずっとそこで根気良く待っていたのでしょう。

そんな編集者たちの言葉があるからこそ、作家たちは迷いながらも作品を書き続けることができるのでしょう。

今日もごらんいただきありがとうございます。

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2008年12月31日 (水)

街場の教育論

街場の教育論 Book 街場の教育論

著者:内田 樹
販売元:ミシマ社
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この本は内田先生が奉職されている、神戸女学院大学の大学院での講義録を編集したものです。普段の著作と違い、かなり優しく書かれているので、ウチダ初心者の方にもお勧めです。

日本の教育界の抱える問題については、実際にたずさわっている方たちほど見えにくくなっているのかもしれません。そんな時必要なのは、自分の前にあるだろう壁の高さについて、俯瞰して見ることができる余裕ではないかと思います。

私は書店で学習参考書の売場を担当し、参考書メーカーの営業さんや編集者さんと長くお付き合いして来ましたが、この業界が教育にどこまでコミットできるのだろうかという疑問に少し手ごたえを感じはじめました。

教育をめぐるすべての活動の中心はいったい何でしょうか。それは中央集権的な教育行政でも、PTAでもありません。それは「教師と子ども」だけなのです。

例えば無人島に漂着した教師と子どもたちが衣食のめどがついて、「そろそろ勉強をはじめようか」といって先生が話し始めたとき、その話はけっして受験勉強のためのものでないことは明白です。教育したいという想いと学びたいという欲求は、無人島でもおそらく変わりなく出てくると思います。それは学びの本質が「ここではないどこかとつながる回路を開く道筋をつくる」ことにあるからです。無人島にいる子どもたちは閉鎖された空間のことを忘れて、先生の語る「ここではないどこか」に想いを馳せることができるのです。

そんな「先生と生徒」の関係に私たちはどんな形でコミットできるのでしょうか。それは学ぶ者にとってブレイクスルーをもたらすメンター的役割だと思います。自分自身をそれまでより高い位置から見返すことができる視点を与える役割。これはたぶん人間でなくてもできるはずです。そんな教材を提供することを目的とすることで、「教える人と学ぶ人たち」により積極的に関わっていけるのではないかと考えています。そんな風に考えると、自分の仕事についてまた異なった視点で取り組むことができるのではないかと感じました。

今日もごらんいただきありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。

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2008年12月26日 (金)

意欲格差

意欲格差 Book 意欲格差

著者:和田 秀樹
販売元:中経出版
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教育、所得をはじめとして、さまざまな分野で格差が蔓延している。著者は格差の根源は、上位層と下位層の間にある意欲の差にあるのではないかと提言している。

この意欲格差を引き起こす心理について、こんな指摘がある。団塊の世代の持っている学歴社会に対する敗北感が、その子供たちに心理的な悪影響を及ぼしているということである。

ベビーブームに生まれた団塊の世代の人達は、「四当五落」と言われるような猛烈な受験戦争をくぐりぬけて成功した人もいるが、多くは合格キップを手にすることができなかったという。考えてみれば受験の合否で人生が決まってしまうということはないと思うが、勝ち組になれなかった敗北感がいつまでも消えないという、世代に共通した心理状態があるのではないかと指摘する。そしてその心理が子供に対する期待感の薄れにつながり、子ども自身のやる気の無さに少なからず影響を及ぼしているのではないかと危惧しているのだ。

「ピグマリオン」という言葉をご存知かと思います。教師や親が期待することで、子どもの成績が良くなるということですが、前述の心理状態はピグマリオンとは真逆のベクトルだと言える。

現在の格差社会で簡単に解決できることは少ないかも知れませんが、「自分が変われば周りが変わる」という言葉があるように、自分の心理をよく分析して、問題に対処すれば、開けなかった道が開けることもあるように思います。

今日もごらんいただきありがとうございます。

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2008年12月24日 (水)

神との対話

神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ) Book 神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)

著者:ニール・ドナルド ウォルシュ
販売元:サンマーク出版
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先日、ある方と話していた時に、話の流れで相対性の起源について、この本で読んだことを思い出し説明しました。そのときは何の本か思い出せなかったのですが、家に帰って調べてみたらこの本だと気がつきました。

この本の著者はある時神様に向けて手紙を書いていたのですが、ペンを置こうとしたら自然にペンが動き出し、神からの返事を記しはじめたというのです。日本だと「お筆書き」といって、例えば新興宗教の教祖に神様が乗り移って勝手に手が動き、神のメッセージを自動書記するというような、ちょっとオカルトじみたやつですね。でも、そのことを除くと、私が今まで読んだものの中ではもっとも説得力のある自己啓発本だと言えると思います。

その相対性についても、こんな説明を「神」はしてくれます。

『今の世界が始まる前には「存在のすべて」だけがあり、他には何も無かった。裏返せば、他に何も無いので「存在のすべて」も比べる物が無い。つまり「無い」のといっしょだ。「存在のすべて」は自らが「存在するすべて」であることの素晴らしさを知ってはいたが、体験的に知ることができなかった。なぜなら、「素晴らしい」という概念が相対的なものだったからだ。すなわち、素晴らしくないということがわからなければ、素晴らしいということがどんなものかを知ることはできなかった。

そこで「存在のすべて」は自らを「これ」と「あれ」、そして「どちらでもないもの」に分割した。これが相対性の始まりだ。この3つができて、はじめて時が生まれた。なぜなら、ここにあるものが、次にあそこに移動するとすると、ここからあそこに移る時間が計測できたからだ。人間の営みの根源はすべてこの「相対性」にある。感情の根源も基本は「愛」か「不安」のバリエーションであり、それ以上でも以下でもない。』

人間はこのバリエーションの部分で、悩んだり喜んだりしているのでしょうが、大きな悩みにぶち当たった時でもシンプルに考え直してみると、良い結果につながるのではないかと教えてくれているように感じます。

「神」に違和感のある方は、その部分を「自然」とか「宇宙」に代えて読んでみると読みやすいのではないかと思います。悩みの多い方にお勧めの一冊です。

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2008年12月19日 (金)

BLUTUS 2009 1/1・1/15合併号

『BLUTUS』の2009年、「生き方」を考える250冊特集が面白い。チェ・ゲバラ、向田邦子、須賀敦子、伊丹十三、椎名林檎(!)などを取り上げ、「男が惚れる男、女が憧れる女」として紹介。

綴じ込み付録の「2009年のキーパーソン30人を知る本ガイド」も、BRUTUSの選んだ30人を著作とともに紹介している。30人の中に、このブログでも紹介した「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんと「ぼくは猟師になった」の千松信也さんが登場していたのはうれしかった。

この特集のうまいところは、時代のキーワードをキーパーソンを選ぶことを通じて読者に間接的に理解させようという、ある意味記号操作のようなところにあると思います。ここに取り上げられた人達は別に時代を象徴するために生きていたり、仕事をしているわけではないのでしょうが、編集者からみるといかにも時代を背負って生きているように見えてしまうのでしょう。

私も読んだことが無い本ばかりが紹介されていたので、いくつか読んでみたいと思います。

今日もお読みいただきありがとうございます。

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2008年12月17日 (水)

天才の時間

天才の時間 Book 天才の時間

著者:竹内 薫
販売元:エヌティティ出版
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ニュートン、アインシュタイン、スティーブン・ホーキング、カント、それから北野武までと、さまざまな分野で天才といわれた人々の共通することは何か?それは偶然人生のある期間に、仕事を干されたりいろんな状況になって、ひとつの事に集中せざるを得ない、ある意味「長い休暇」のようなを時間を持ったことです。

天才たちもはじめから天才だったわけではない。偶然天から与えられたともいえる空白の時間を活用し、たくさんのアイデアを積み重ね、そしてブレイクスルーしていったのです。

ニュートンの場合を例にとると、彼にとっての休暇の時間は、ニュートンが大学在学中にイギリスでペストが大流行した時期でした。大学が閉鎖され故郷に帰ったニュートンにひとつのギフトがありました。それは、義父が残してくれた新品のノートでした。当時は紙のノートは貴重品だったので、彼は有り余る時間を利用して、自分のアイデアを隙間無いほどメモしていったといいます。そして、そのノートにつづられたアイデアたちが後の偉大な業績につながっていったのです。

最近身近でもよく聞くひきこもりなども、いいかえれば人生の休暇のようなものかもしれません。不謹慎な考えかもしれませんが、考え方を変えればその期間にかもしだされたものが、その後に世の中を変えるような新しい発見となって出てくるような気もします。

今日もお読みいただきありがとうございます。

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2008年12月11日 (木)

さよならプレイボーイ

月刊プレイボーイ日本版が2009年1月号をもって休刊になります。いろんな意味で感慨深いものがありますね。

プレイボーイというとヌードはさておき、やはり真骨頂はロングインタビューだったと思います。たぶん綿密に事前の取材があって、それからインタビューするという手順ではないかと想像するのですが、その記事を読むまではどんな人か知らなかった人でも、読んだあとにはさらに興味が出てくるというようなインタビューの教科書のような内容だったと思います。

以前に「ルーツ」の著者のアレックス・ヘイリーがプレイボーイ誌のインタビュー作法について書いていたのですが、「インタビューする相手に対して70パーセントくらいの好意を持って接するのが基本的なスタンスである。」ということでした。というのは、100パーセントの好意を持って話していると、インタビューされる側は案外本音を言わないそうなんです。そこで、3割の批判的な質問を加えて少しスパイスを利かせることで、相手の本音をうまく引き出すことができるようです。

ある映画監督のインタビューで記憶に残ったシーンがあります。

「あなたは今まで3回離婚されていますが・・・。」

「あたりまえだ。なんで短い人生なのに、我慢してつまらん相手と一緒にいなきゃならんのだ!」」

という短いやり取りでしたが、結構この記事を読んであまり好きでなかったこの監督のことを逆に好きになってしまったのを覚えています。

今日もブログをお読みいただきありがとうございます。

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2008年12月10日 (水)

漂流記の魅力

漂流記の魅力 (新潮新書) Book 漂流記の魅力 (新潮新書)

著者:吉村 昭
販売元:新潮社
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「ロビンソン・クルーソー」や「十五少年漂流記」などは、幼いころに誰もが一度はとりこになったと思います。ご多分に漏れず、自分も漂流者気取りで自宅の庭に小屋をつくり、毎日漂流しておりました。

吉村昭さんは当初「戦艦武蔵」や「破獄」など、綿密な取材やインタビューを基にした記録文学を書いておられましたが、徐々にその物語を直接知る証言者が高齢のため亡くなっていったためきちんとした取材ができなくなり、方針を転換します。歴史の事実を古文書などで検証し、それを元に小説を執筆するようになったのです。

吉村さんは若いころ、鎖国をしていた日本で、嵐のため漂流した荷船がかろうじて異国にたどり着き、ごくまれに帰還した者たちを取り調べた奉行所の吟味書が残されていることを知った。そのいくつかを読み、漂流について小説を書いてきました。

この本では、漂流記を中心とした海洋文学についての概要や、歴史的な背景について説明した後、おそらく日本人初の世界一周の果てに日本に帰りついた「若宮丸」の水主たちの漂流記が紹介されている。詳細につづられた丁寧な文章により、数百年前の漂流者たちの様子が生き生きと描かれています。しばし、江戸時代に異国の地に流れ着いた日本人たちの生き様に、心を遊ばせるのも一興ではないでしょうか。

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2008年12月 9日 (火)

これでいいのだ

これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫) Book これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)

著者:赤塚 不二夫
販売元:文藝春秋
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子供のころから赤塚さんの漫画は大好きで、リアルタイムで楽しませていただきましたが、どんな人生を送ってこられたのかはこの本を読むまでほとんど知りませんでした。

戦争中の旧満州で生まれ、お父さんは特務警察官。反日思想の中国人ゲリラと命を張って渡り合う日々。家族といえどいつ襲われ皆殺しになるかもわからないという、死と隣り合わせの生活を送った満州時代。

戦後、命からがら帰国するも、幼い妹はすぐに亡くなってしまう。せっかく帰ってきた日本でも、とても貧しい生活だった。家庭を維持できず、親戚に預けられて育った赤塚さんですが、そんなときでも仲間たちと楽しく遊ぶことは忘れなかった。子供がやりたいと思いつく限りの遊びやイタズラをやりつくし、後年のギャグ漫画そのものの毎日を送る。そんな苦労と楽しみの積み重ねが、後に多くの漫画のアイデアに結びつき、多くの人達に愛されたのだと思いました。

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2008年12月 8日 (月)

納棺夫日記

納棺夫日記 (文春文庫) Book 納棺夫日記 (文春文庫)

著者:青木 新門
販売元:文藝春秋
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元は桂書房という地方小出版流通センター扱いというマイナーな出版社から出ていたもの。なぜか地元の図書館には収蔵されていたのが意外でした。この本は映画「おくりびと」のモデルになったらしいです。

それはさておき、実際に納棺にたずさわっているひとの文章というのは、なかなか読む機会などないものです。はじめは興味本位でしたが、毎日死者と接する著者の視点に、自分の持っている「死生感」との違いを重ね合わせ、「死」について考えさせられました。

毎日死者の顔を見ていると、どの顔もほとんどが安らかな顔をしているそうです。それは生きているときに、どのような善いことや悪いことをしていたのか、まるで関係の無いようだといいます。

「我々は、自分の立っている所を基点にして、思考したり言葉を発したりするしかないわけで、例えば善悪を考える場合でも、自分は善人であると思っている人と、自分は悪人だ、と思っている人では、その善悪の様相も違ってくる。」

ということは、例えば現世で悪の限りを尽くしたような人でも、自分の人生をまっとうしたという点では、その人にとっては良い人生だったのでしょうか。

私たちは、生きているという立場からしか「生死」について言及することはできません。しかし、身近な人の死に接したとき、想像力を働かせることで死者と対話することもできると思います。そして、そこから自分の今立っている位置を見つめなおすこともできると思います。いままでと逆の方向から自分を見直す、メタ認知のような視点で人生について考えるのも面白いかなと思いました。

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2008年12月 4日 (木)

サラリーマン合気道

サラリーマン合気道―「流される」から遠くに行ける Book サラリーマン合気道―「流される」から遠くに行ける

著者:箭内 道彦
販売元:幻冬舎
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著者の箭内さんは、NHKテレビの「トップランナー」で司会をしているあの金髪の方です。どんな方か知らなかったんですけど、東京芸大卒で博報堂を経て、現在は広告全般を広く手がけておられるようです。

広告業界のいわゆるクリエーターという方々は、個性を売りにしている人が多いのだと思っていましたが、一概にそうでもないようです。 広告業界で必要とされている人材は、みんなと同じことをしたいという気持ちを否定せず、奇抜で新しいことを表現していけるようなバランスの取れた人だそうです。クリエーターといえども、お客さんとコミュニケーションをしながら仕事を進めるわけで、人と変わっているだけではやっていけないのですね。他人と同じ部分が土台にあるからこそ、人と違う部分が生きてくるのでしょう。

タイトルにもある「合気道」の基本は「脱力」だそうです。これは、ダラダラしたりすることではなく、余分な力を入れないという意味です。「自分はこうだ」というこだわりを捨てて力を抜くことで、相手の持つ能力を自分の力に変えてしまうという、まさに「合気道」の極意に通ずる手法はとても興味深いと思いました。

自分ひとりで思いつくことは小さいものです。目の前の相手とコミュニケーションすることで相手からいろんなものをいただき、そこから新しいものを生み出せばいいと考えを変えることで、仕事がもっと楽しくなるかもしれません。

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2008年12月 3日 (水)

希望格差社会

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫) Book 希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)

著者:山田 昌弘
販売元:筑摩書房
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4年前にこの本がでた時は非常に話題になりましたが、それから時間がたっても社会の状況は悪くなる一方です。

著者は若者が社会的弱者になるという点と、そのことが社会に今後大きな影響をもたらすということを指摘しています。その原因としていくつかありますが、主に社会のリスク化と二極化があげられています。以前は社会のいろんな場所(国家や会社など)で個人に代わって吸収してくれたリスクを、個人がそのリスクをとることが強制されるようになったことと、もうひとつは、中流社会が崩壊し、勝ち組負け組の言葉通りに格差が拡大してしまったことが引き金になっているといいます。

大人になるまでにある程度の選別をするシステムは昔からあって、そのシステムが産業構造などの変化によってうまく機能しなくなったのも一つの要因だとしています。小学校から大学、大学院までのパイプラインのようなシステムを通過することで、若者たちは選別されていきます。そのシステムはずっとうまく機能していたのですが、最近になって出口が急に細くなってしまい、パイプに入ってもどこへ出られるのか予想がつかなくなり、システム自体に信頼感がなくなってしまった。その結果若者たちは、勉強に対するモチベーションを持つことができなくなり、学力格差が広がってしまった。そのことが、将来に対する「希望」の格差にもつながっていったのです。

学んでいるときの人間は、不透明な未来に向かってすすんでいる状況にあります。先を見すぎて希望をもてない人が増えている状況を改善させるには、若者たちがいま居る場所が人生の中でどんな位置にあるのかを、教育の現場で教えていくことが必要なのではないかと感じました。

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2008年11月30日 (日)

種まく人  玉村豊男 新潮文庫

51331sfpejl 41歳のとき過労とストレスで大量の吐血をし輸血を受けた玉村さんは、肝炎になってしまった。そのとき以来、これまで生きてきた期間より短い期日のうちに自分は死ぬのだという認識を、身の傍らにおいて過ごすようになります。

この本には軽井沢で暮らしていた著者が、自分の「死に場所」としてふさわしい土地を探し求め、その土地で農園主として生活を始めるまでの顛末が記されています。

人は人生の残り時間を感じ始めたときから、より真剣に人生を生きようと思うのかもしれない。「死を想う」という言葉がありますが、まさに死を想うことで、より「生」の尊さが認知されるのでしょう。

こんな文章があります。

「日がな一日雑草取りに時間を費やしたとしても損もしないし、得もしない。それは、私たちが生まれてくる前に長い長い無辺際な時間があり、私たちが死んだあとにまた無辺際な時間が永遠に続くのに似ている。」

軽妙なタッチで重要なことをさらりと書いてしまう。こんな風に自分も書ければ良いなあと思います。

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2008年11月26日 (水)

ふしぎなお金

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ふしぎなお金 (こどもの哲学 大人の絵本) Book ふしぎなお金 (こどもの哲学 大人の絵本)

著者:赤瀬川 原平
販売元:毎日新聞社
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赤瀬川さんによると、お金は拳銃に似ているそうです。レストランでコートを預けるとき、内ポケットの財布はどうします?はたしてそのまま預けていいものだろうか。財布がもし拳銃だったとしたら、それはお金を預けるのと同じ感覚で不安を感じるんじゃないだろうか。

日本人の場合、拳銃よりは刀のほうがしっくりくるかもしれない。腰に差した刀は、自分の身を守りかつ権威でもあるところは、お金にとても似ている。武士が茶室に入るときは、外にある刀掛に刀を掛けなければならない。そのときはやはり、財布を預けるのと同じくらい躊躇したのに違いない。

お金は内ポケットにあるときは、ある意味、記号的に拳銃などに近いくらい、持っていないと丸腰になってしまうような不安を呼び起こす存在ですが、いったん経済や株に姿を変えるとそんな不安はどこかへ行ってしまうようです。

人と人の間を手と手で交換し合ったお金は、今では「信用」という「約束」だけでいったりきたりするようになりました。経済不安が広がったのは、内ポケットのなかの小さな不安を忘れた私たちへの警鐘なのかなと、この本を読んで感じました。

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2008年11月23日 (日)

未来形の読書術

未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) Book 未来形の読書術 (ちくまプリマー新書)

著者:石原 千秋
販売元:筑摩書房
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皆さんはどんなところで本を読むのが好きですか。いきつけの喫茶店だったり、電車の中だったり、寝る前のベッドの中だったりと様々でしょう。でも、人それぞれ集中できる場所は異なるにしろ、「落ち着いて本を読める」という精神状態にはあまり差は無いのではないかと思います。それでは、結構うるさい電車の中のほうが、集中できたりするのは何故なんでしょう。

落ち着いて本が読める第一の条件は、まず周りが気にならないことです。でもその「周り」というのはよく観察してみると、雑音などではなく、自分の体だったりする。音に関しては、わざわざ音楽を流したりして、音楽で周りを遮断したりしています。それよりは自分の体のほうが邪魔かもしれない。確かに集中して本を読んでいるときは、自分の体を感じていないですね。でも、もっと邪魔なのは自分の意識です。意識が自分に向かわないようにしなければ、「読書に没頭」することはできません。

このように集中して読書をしようとすると、かなり高度な脳の使い方をしないといけないことがわかります。

黙読というのも、それができるようになるまでには、いくつかの段階が存在します。まず文字を知らない子供は、読んでもらった言葉が、耳から、体を通してやってきます。そのうち字が読めるようになると、はじめは声を出して読む。自分の声を耳で聞いている。まだ体を使っているわけですね。そのうち少しづつ体の助けを借りなくても読めるようになるのです。そんな風に本を読むときに、自分を消して物語に入っていくのは、大変なことだということがわかります。

本を読んでいるときに、自分は果たしてどこにいるんだろう。本の中だろうか。それともその他のどこかだろうか。当たり前のようにして本を読んでいる私たちですが、自分が本を読む意味なんかはあまり考えないものです。でも読んでいる本と自分の間の距離とか、その本に何を求めて読んでいるのかは、きちんと認識していないと、本当の意味で「読んだ」ことにはならないのかもしれません。

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2008年11月19日 (水)

私のマルクス

私のマルクス Book 私のマルクス

著者:佐藤 優
販売元:文藝春秋
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最近、「マルクスは面白いぞ!」という人が増えている。金融不安などで先行きが不透明なこの世の中で、もういちど「資本論」に立ち返って考えることは、価値があるということなのだろう。資本主義システムの持つ論理とその限界を知ることで、今抱えている不安を取り除くことができるかもしれない。

佐藤優のマルクスとの出会いは十五才のときだった。中学のときから文通していたハンガリーの少年に会いに行き、同時にスイス、西ドイツ、チェコスロバキア、ソ連などをひとりで旅をする。そのとき、ハンガリーのバラトン湖のキャンプ場で目にしたマルクスの肖像画に強い印象を受け、マルクス主義の勉強をはじめた。

その後、高校の倫理の授業で神学に触れ非常に興味を持つが、マルクス主義の掲げる「宗教は人民の阿片である」という無神論政策の考えと交錯し、大学では無神論が成立しうるのかを神学部で勉強してみようと、同志社大学神学部に入学する。普通、こんな学生は大学としては入学させないと思いますが、なかなか懐が深いというか、ちょっと無茶ですね。結果として千年近い伝統を持つキリスト教神学のまえに無神論は何の力も持たず、十九歳で洗礼を受けることになる。

キリスト教とマルクス主義という相対するものが、ひとりの人間のなかでどう収束していくのだろうか。なんとなく、佐藤さんはマルクスを通じて、キリスト教を語りたかったのではないかと思いました。思想的な解釈や、神学的な記述はある程度関連書籍を読んでいないと理解が難しいと感じますが、全体を読み通してみると、「知の怪物」といわれた佐藤優がいかにして形作られていったのかがとてもよくわかります。

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2008年11月16日 (日)

立花隆秘書日記

立花隆秘書日記 Book 立花隆秘書日記

著者:佐々木 千賀子
販売元:ポプラ社
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「茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」を読んでいたらこんなことが書いてあった。

「受験情報専門の雑誌と、ヨミウリ・ウィークリーの受験記事の違いに気付いたのですよ。」と答える。「ほお。それは、どういうことですか?」「ジャーナリズムだな、と思って。ヨミウリ・ウィークリーの記事は、受験情報を書くにしても、何かスタンスが違うんですよ。裏をとっているというか。客観性貫く。さすがはブンヤの魂。わいわいと持ち上げて煽るだけの専門雑誌とは違う。」

これを読んだとき、この本の一節を思い出した。

立花隆さんの秘書をしていた著者の佐々木さんは、立花さんとつきあいの長い編集者から「立花隆とつきあう五箇条」を伝授される。これは、やってはいけない五つのことだ。そのひとつに「苦労して手に入れた資料が使われなくても文句を言ってはいけない。」というのがある。

立花さんは原稿を書きながら、締め切りまでに目を通しきれないとわかっていても、集められるだけ資料を集める。そのため、担当編集者と佐々木さんはその都度大慌てで資料を手に入れるが、ほとんどの場合その資料は目を通されることなく、書棚に並べられるのである。たぶん、立花さんはその資料がなくても原稿が書けるのだろう。でも、目を通すことがなくても、集められた資料たちのボリュームが、立花さんの文章に自信と厚みを与えているのではないだろうか。「裏を取る」というのとは少し違うかもしれませんが、この事実を知ったとき、「知の巨人」といわれたジャーナリスト立花隆に、すこし近づけた感じがしました。

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2008年11月13日 (木)

ゴーン家の家訓

ゴーン家の家訓 Book ゴーン家の家訓

著者:リタ ゴーン
販売元:集英社
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カルロス・ゴーン夫人の書いた本。出たときは結構売れましたね。

カルロス・ゴーンさんもリタさんもともにレバノン人ですが、ゴーンさんはブラジル生まれ。リタさんはレバノンで生まれています。ふたりが出会ったのは、リタさんが大学進学のため滞在していたフランスでした。イスラエル建国後、中東戦争や内乱が続いたため、フランスにはレバノンから多くの人が移住し、コミュニティがあったので滞在しやすかったからです。

レバノンはイスラム教徒とキリスト教徒が半々くらいで、他国で見られるのとは異なり、同じ学校に通い、寛容にお互いが認め合う文化があるといいます。長い歴史のなかで政情不安や経済的困難のため海外移住が伝統としてあり、現在まで続く政情不安に対応するため、レバノン人には教育をとても重視する傾向があるそうです。

内戦のさなかに少女時代を送ったリサさんにとって、他者と助け合うことがいかに大事かということは、子供たちに伝えたい第一のことでした。戦争の中では、他者の助けなしでは決して生き残れない。そういった、自分が体験している痛みを他者と分かち合うという認識を持つことが、人間として大切なことだというメッセージが、この本の底流には流れていると思いました。

タイトルは「ゴーン家の家訓」ですが、内容は「リタ・ゴーン」とタイトルを変えたほうがしっくりくるのではと思わされるものでした。子供たちが小さいときに読んでいればと思うほど良い本でした。いまから子育てをされる方にお勧めします。

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2008年11月11日 (火)

岡田斗司夫さん

「THE 21 12月号」掲載の岡田斗司夫さんのインタビューが面白かった。例のレコーディング・ダイエットの人ですね。自分が食べた物と体重を、毎日欠かさず記録して現状を把握するという簡単な方法です。岡田さんいわく、「ものすごい努力なんかしちゃダメです。必ず失敗します」との事。そう、本当に記録するだけというという、なんて簡単な方法なんでしょう。

岡田さんは自己啓発本やビジネスノウハウ本が好きで、たくさん読まれたそうですが、読んでみて確信したことは「絶対に成功するノウハウなんて存在しない」ということ。それよりは自分に目を向けたほうがいいそうです。例えば太っている人は、自分自身が太るための行動をとっていることを自覚していないといいます。それと同じように多くの人は、知らず知らずのうちに、成功から遠ざかるような行動をとってしまっているのです。自分自身を認識しながら継続的に行動を続けていくことが、いろんなノウハウを真似るより、成功に近づく現実的な方法だといえるかも知れません。

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2008年11月10日 (月)

新宿駅最後の小さなお店ベルク

新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks) Book 新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks)

著者:井野朋也(ベルク店長)
販売元:ブルース・インターアクションズ
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こだわりのブレンドコーヒー210円、黒ギネス一杯315円。まずは値段でびっくりです。ホットドッグのパンはパン職人の手作りで、ソーセージはこの店のために職人が作り上げたこだわりの一品。このソーセージ、なんとドイツのコンクールで金賞に輝いたという。う~ん、食べてみたいです。

新宿駅東口を出てすぐ。ルミネの地下にあるこのお店。1日1,500人以上が利用するという大繁盛店。超ファーストフード店かと思いきや、いろんなところにやたらこだわっています。例えばコーヒーにやたらこだわる。この「やたら」というのがポイントで、過剰にこだわることでインパクトを出すことができるらしい。

なんでも自分たちの理想の飲食店を求めていたらこのお店になったという、なんともうらやましいお話です。食べたいときに食べたいものが食べられる。適当な値段で、抜群のおいしさで。一人でも入れて、人も連れて行ける等等、ありそうでないお店。どうやってそんなお店ができたのか、これは知る価値ありそうです。

ジャンルとしては、飲食店経営の本ですが、とことんこだわるこだわり方はいろんな仕事に応用できそうです。

このお店、いま立ち退き問題でゆれているそうです。たくさんの署名が集まり家主と交渉が続いているそうですが、なんとか存続してほしいものです。

私はこのお店には行ったことがないのですが、行かれた方、行ってみたい方など、ぜひコメントしてください。

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2008年11月 9日 (日)

根をもつこと、翼をもつこと

根をもつこと、翼をもつこと (新潮文庫) Book 根をもつこと、翼をもつこと (新潮文庫)

著者:田口 ランディ
販売元:新潮社
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田口ランディさんの小説は未読ですが、エッセイは視点が面白いのでいくつか読んでいます。興味があるところには実際に行って、そして会いたい人には会って話を聞く。当たり前のようでいて、なかなか実際にはできないものです。

この本でも広島、水俣、屋久島、ベラルーシ共和国、スウェーデンなど多くの土地を訪れ、そこで出会った人々と対話しています。

チェルノブイリで放射能漏れ事故が起きてから19年後、ベラルーシを訪れる。「美しい村だねえ。ここが放射能に汚染されているなんて思えない」という言葉に、現地のコーディネーターが「ほんとうにそうよね。ここには放射能以外の汚染はなにもないわ」と頷く。村人へのお土産に持っていった湿布薬を、足が痛いという老婆に貼ってあげる。すると、村中に「日本からお医者さんが来た」とうわさが広まり、病気の人が集まってくる。治してあげられないことを申し訳ないと思う。こんな短いやりとりを切り取ることで、そこで起こったことをストレートに表現する。田口ランディの真骨頂はこんなところにあるような気がします。

ノンフィクションが好きだと思うのは、こんな文章を読んだときです。

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2008年11月 8日 (土)

知識人99人の死に方

知識人99人の死に方 知識人99人の死に方

販売元:楽天ブックス
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人間は生まれた瞬間から死に向かって進み続ける。わかりきったことですが、普段はなるべく思い出さないようにしているのです。

モンテーニュはこう言ったそうです。「我々が準備するのは死に対してではない。死はあまりにもつかの間のできごとである。我々は死の準備に対して準備するのだ」と。そのように死の準備に対する準備として、既に亡くなった方々が迎えた最期のときを知ることは無意味ではないでしょう。

手塚治虫の場合、胃ガンであったが医師からは胃潰瘍だと宣言され手術を受ける。たくさんの仕事を抱えていたが、なかでもイタリアの放送局からの依頼で製作していたアニメ「聖書物語」の完成には最期までこだわりをみせた。「この仕事はどうあってもやり遂げる。いま死んだら、死んでも死に切れないんだ」とまで言ったという。

医師でもあった手塚はおそらくガンだということを知っていたに違いない。しかし、遺言などの自分が死んだ後の準備はまったくしておらず、反対に退院してからの仕事の段取りは怠りなくされていたということを見ても、生に対する執着のすさまじさを感じずにはいられませんでした。

自分自身も毎日の暮らしの奥深くに常に「死」を意識することで、より生き生きと生活することができるのではないかと、この本を読んで感じました。

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2008年11月 6日 (木)

バカと東大は使いよう

バカと東大は使いよう (朝日新書 116) Book バカと東大は使いよう (朝日新書 116)

著者:伊東 乾
販売元:朝日新聞出版
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東大をはじめとする、旧帝大を中心としたいわゆる官学。縦割りの行政型カリキュラムの最終到達地点としての大学には、たくさんの問題点があることに異論はないでしょう。江戸時代の学問所で行われてきた、丸暗記型の勉強法をそのまま受け継ぐ学生たちがオリジナリティのある学問に目覚める道はあるのでしょうか。

一問一答で学んだバラバラの知識を、社会で通用できるようにつなげていく「書かれざる法」を身につける方法はなかなかありません。これからの大学に求められているのはそんな真の教養だというこの本。一読の価値はあります。書下ろしではなく、7年余りに渡って断続的に執筆された文章をまとめたためか、いささか読みづらいですけれども、東大の現職教員の感じる大学感を大いに味わうことができます。

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2008年11月 3日 (月)

奇跡のリンゴ

 奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録 奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録
販売元:セブンアンドワイ
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現在、われわれの口にしているリンゴはすべて品種改良されたものです。原種と違って品種改良されたリンゴは、農薬なしに収穫まで生育させるのは不可能だと言われてきました。通常13回も、収穫まえに農薬を散布するといいます。

あるとき、書店で「自然農法」の福岡正信さんの本と出会ったことから、主人公の木村秋則さんの人生が大きく変わりました。「もしかしたらリンゴでも同じことができるかもしれない。」と、不可能とされてきた無農薬栽培に取り組みはじめました。ところが、それから10年近くの間、害虫や病気の発生で収穫がまったくなく、収入もとだえてしまいます。

大変な苦労の末死を決意し、ロープを持って入った山で木村さんは一本の木に出会います。農薬を使っていないのに虫がついたり病気になっていない。その木を見て木村さんは大きな気づきを得て、無農薬栽培の大きな転機を迎えます。何年かぶりに花の咲いていなかった畑がリンゴの花でいっぱいになった。そして、久しぶりの収穫。それでも、普通店頭で見るようなものはできず、生活は苦しいままですが、少しづついいものができ、いまでは入手が難しいくらいの人気だそうです。

このリンゴ、食べたことはありませんが、信じられないくらいおいしいそうです。やわらかい土に広く根を張った健康なリンゴの木は、本来のリンゴの持つおいしさをきちんと持っているのかも知れません。

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2008年10月31日 (金)

ぼくは猟師になった

ぼくは猟師になった Book ぼくは猟師になった

著者:千松 信也
販売元:リトル・モア
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小学生のころのことです。大阪と和歌山の中間地点に住んでいた田舎育ちの私は、魚釣りと昆虫採集に明け暮れていました。あるとき、草原で遊んでいると足元から突然何かが飛び出して行きました。よく見ると野ウサギでした。そのころから、いつか野ウサギを罠でつかまえてウサギ汁にしたいと思っていましたが、かなわぬ夢でしたね。

この本の著者もご多分に漏れず動物好きが高じて、動物園の飼育係や獣医を目指しますが、結局大学は京都大学の文学部へ。なんと4年間休学し、その間に海外で医療支援などのボランティアに従事し、日本へ戻ります。

復学のため働いた運送屋で、趣味で狩猟をしている人に出会います。その人がやっていたのは珍しくも「ワナ猟」でした。その師匠や、自分の経験を通じて、狩猟の方法や鳥獣の解体の仕方、調理法などを身につけますが、そのひとつひとつが大変面白く、迫力がある。初めてシカを獲ったとき、ワナにかかったシカをしとめるのに、鉄砲を使えないので殴り殺すしかない。そのときの精神的な混乱が印象深い。

あとがきでこんなことが書かれています。

「自分が暮らす土地で、他の動物を捕まえ、殺し、その肉を食べ、自分が生きていく。そのすべてに関して自分に責任があるということは、とても大変なことであると同時にとてもありがたいことだと思います。逆説的ですが、自分自身でその命を奪うからこそ、そのひとつひとつの命の大切さもわかるのが猟師だと思います。」

以前に紹介した「いのちの食べかた」とリンクするところですが、他の命の犠牲の上に私たちの命が成り立っているという実感を、普段はなかなか感じることは難しいと思いますが、折に触れ、感謝する時間を持ちたいものだと思いました。

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2008年10月29日 (水)

植村直己 妻への手紙

植村直己 妻への手紙 (文春新書) Book 植村直己 妻への手紙 (文春新書)

著者:植村 直己
販売元:文藝春秋
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ヒマラヤ、スイス、グリーンランド、アラスカ、そしてエベレスト。冒険旅行の先々から日本にいる妻公子さんに送り続けた手紙の数々。公開されたのを本人が知ったら「それはないよ」とおっしゃいそうですが、これまで植村さん関係の本をいくつか読んできたなかで、最も彼のパーソナリティを感じた1冊でした。

テントのなかで、あわただしく縫い物をしたりしながら、その合間に書く手紙。どうしてもせっかちにならざるを得ない状況で書く文章は、断片的で情緒の欠けるものになりがちですが、彼の手紙は親戚を思い、妻を思い、スポンサーのことを気にかける愛情あふれるものでした。

この残された手紙たちを読みながら、そこまでして、彼を冒険に駆り立てたものは何だったのだろうと考えました。日本人初のエベレスト登頂、世界初の五大陸最高峰登頂など多くの偉業を成し遂げた植村さんですが、やはり多くの人が言うように「そこに山があるから」というような紋切り型の答えがそこにあったとは考えたくありません。なにかそこには自分のなかに埋められないものがあって、その穴を必死で埋めようという作業が冒険という形で現れていたのではないかと、手紙の文章を読んでいて痛切に感じました。

人間、植村直己の生き様を垣間見ることのできた1冊でした。

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2008年10月27日 (月)

カラシニコフ

カラシニコフ I (朝日文庫 ま 16-3) Book カラシニコフ I (朝日文庫 ま 16-3)

著者:松本 仁一
販売元:朝日新聞出版
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友人のお勧めで読んだ1冊。非常に衝撃を受けた本です。

世界中でほぼ誰に聞いても知っている言葉が3つあるそうです。それは、コカコーラとビートルズ、それとカラシニコフです。

カラシニコフというのは、ソビエトのカラシニコフという技術者が開発した自動小銃のことで、本来はAK-47という型番があるのですが、カラシニコフの呼び名の方が通りがいいでしょう。世界中で起こっている内戦などの紛争の現場で、必ずといっていいほど使われているのがこの銃なのです。アフリカのソマリアなどの内戦で少年兵が戦争に参加しましたが、彼らの登場に一役買ったのがこの銃の使い勝手の良さでした。取り扱いが簡単で、故障が少ないので誰でも扱える。砂漠で砂にまみれても、水の中に落としても、少し手入れすれば使えるという特徴は、紛争地帯で使用する銃の必要条件を満たしていたのです。

この銃の流通過程を探っていくことで、国と国とのあいだの利害関係を洗い出すことができ、今起こっている紛争の原因を知ることができます。金の流れにそって、多くの人の命を奪う銃が人々の手に渡っていく。当事者でない私たちから見ると不幸の連鎖でしかないと思われますが、現地では命を守る存在でもある。

女性兵士のインタビューが印象的です。やむにやまれぬ理由で戦士に志願したのですが、初めて人を撃ったときのことが忘れられず、内戦が終わってからも精神的に大きなダメージが残ってしまった。銃を手にしたことで得た物は、彼女の場合苦しみでしかなかった。

朝日新聞のナイロビ支局長や中東アフリカ総局長を歴任した著者のルポルタージュですが、紛争地帯で銃の音を聞きながら取材した生々しさがリアルに伝わってきます。世界で起きている不幸な出来事をきちんと知ることは、今を生きる私たちの義務ではないかと思わされました。


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2008年10月23日 (木)

ひとりでは生きられないのも芸のうち

ひとりでは生きられないのも芸のうち Book ひとりでは生きられないのも芸のうち

著者:内田 樹
販売元:文藝春秋
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「CanCam12月号」はエビちゃん卒業スペシャルである。感慨深いものがありますな。これで思い出したんですけど、内田樹さんが、この本でCanCamの一人勝ち状態を分析しておりました。題して「めちゃモテ日本」です。かいつまんで説明します。

CanCamのコンセプトは「めちゃモテ」。競合誌のJJのファッション戦略が「本命の相手ひとりにとことん愛されること」というのに対して、CanCamの方は「万人にちょっとづつ愛されること」だそうです。CanCamの読者の女の子たちは、なぜ「めちゃモテ」を選ぶのか。そこには生存戦略上のある記号が存在しています。

社会的なリソースを競争に打ち勝った者に分配するという現在のシステムにおいて、弱者が生き残る道はそう多くありません。女性の場合玉の輿狙いかもしくは、みんなからちょっとづつ愛される「めちゃモテ」戦略のどちらかです。

しかし今のご時世、乗ったつもりの玉の輿の信頼性に、たくさんの疑問符がつけられるのはいうまでもありません。結果として選ばれたのが、「めちゃモテ」のラブリーな女の子になることだったということです。いわゆるリスクヘッジですな。

ここで、国際関係における日本の状況をみてみると、アメリカにラブリー、中国にラブリー、韓国にラブリー、ロシアにもラブリーとみんなにちょっとづつ愛されるCanCam的な「めちゃモテ」な日本の様子がありありと浮かびあがってきます。「わたしぃ、みなさんにぃ、ぜぇ~ったい、危害なんか加えませ~んっ。」という記号を、憲法九条を持つことで発信しているのではないかということであります。

エビちゃんは卒業しちゃいますが、「めちゃモテ」で「ラブリー」な日本の象徴として、CanCamがこれからも売り上げを伸ばしてほしいと思う今日この頃です。

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2008年10月21日 (火)

調理場という戦場

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫) Book 調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)

著者:斉須 政雄
販売元:幻冬舎
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東京、三田のフランス料理店「コート・ドール」のオーナーシェフ斎須政雄さんのことをはじめて知ったのは、立花隆さんの「青春漂流」を読んだときでした。この本で紹介されていたフランス料理の世界は、自分の持っていた華やかな印象とは異なり、実際は長時間の労働と低給与、そして厳しい階級社会というすさまじいものでした。そんななかで、ランブロワジーというレストランを友人とオープンさせ、2年でミシュランの星を2つもとってしまったのです。

そんなフランス時代に過ごした6つのお店と、現在のコート・ドールのことが、この本では紹介されています。

とにかく、なんでも徹底的なんです。メロンの味を身体で覚えようとして、オーナーに頼んで何個も入っている箱を1箱買ってもらう。そして吐く寸前まで食べてようやく身体に味がしみこんでくるといった具合です。ソースの味見も、スプーンで少しなめる程度ではなく、ごくごく飲んで味を確かめる。おかげで足に静脈瘤ができてしまい、今でも直っていない。

「ここはジャポンじゃないんだ!」といわれ、今までの経験をすべて粉みじんにされながら立ち向かって、ついにはフランス料理の奥深いところに到達した斎須さんの半生にとても感銘を受けました。「少数精鋭の組織論」という著書もある斎須さんですが、たくさんの経験を通じて得た気づきは、料理の世界以外でも通用するのではと思いました。

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2008年10月19日 (日)

いのちの食べかた

いのちの食べかた (よりみちパン!セ) Book いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

著者:森 達也
販売元:理論社
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森達也さんって映画監督、またはドキュメンタリー作家ということでいいのでしょうか。メディアの側から社会の出来事にコメントし続ける発言者ですね。

この本はヤングアダルト新書という若い世代に向けて書かれたものですが、とても重いテーマをわかりやすく上手に料理しています。

私たちが肉を食べるためには、誰かが動物を殺さなければならない。スーパーにパック詰めされている「お肉」はただの商品になっていますが、もともとは生きた動物だったんです。そのことから目をそむけて、かわいそうだとかといって知らない振りをするのは良くないと思います。

食肉加工の業界にはさまざまなタブーがあり、あまりおおっぴらに扱うことは難しいとされてきたようです。なぜかというと、屠畜場で働く職員が今でも多くの人が被差別部落の出身者だからなのです。日本の食肉加工のことについて話そうと思うと、どうしても部落差別のことに向き合う必要があるのです。解放出版社からでている内沢旬子さんの「世界屠畜紀行」によると、外国ではお肉屋さんや、屠畜業者さんの地位はとても高いといいます。これは、肉食が生活の中心にあるというのが大きな原因だと思いますが、日本の状況とは隔世の感がありますね。

いのちを犠牲にして生きているということを、私たちは普段意識することは少ないように思います。目をそむけずに見つめることの大切さを、この本から学んだように思います。機会がありましたら、ご一読ください。

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2008年10月16日 (木)

経営者、15歳に仕事を教える

経営者、15歳に仕事を教える (文春文庫 き 28-1) Book 経営者、15歳に仕事を教える (文春文庫 き 28-1)

著者:北城 恪太郎
販売元:文藝春秋
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今回は、自分にとっては守備範囲外の本です。中学生向けのブックガイドへのセレクションで読んだのですが、案外気づきの多い本でした。

日本IBM会長の北城さんのメモワールです。36歳まで平社員だったという北城さんは、いわゆるエリート社員ではなかったと述懐します。

人は一生のうちの多くの時間を仕事に携わって過ごします。けれども、教育の場で仕事について学ぶ機会は、ほとんどないといってもよいでしょう。これから大人になる人達や、すでに働いている大人達に、社会や多くの企業が求められていることはどんなことなのでしょう。青年期の若者たちにそんな問いかけをしながら、仕事をすることの大切さを通じて生きることの意味を語りかけています。大人になった私たちにとっても、こういった「職業観」という基本に立ち返って考えることは、とても有意義なことだと思います。我が家では息子たちのニート予防の一助にと、トイレに常備しております。

皆さんにも可能でしたら、なるべく自分の興味から外れた本も読んでみることをお勧めします。結構、いい経験になると思います。この文章は、連載に多少の加筆をして作成しました。

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2008年10月15日 (水)

人生を変える!「心のブレーキ」の外し方

「心のブレーキ」の外し方〜仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー〜 Book 「心のブレーキ」の外し方〜仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー〜

著者:石井 裕之
販売元:フォレスト出版
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「コールド・リーディング」の石井裕之さんの本です。

何か目標を持ってはじめたことって、長続きしないことが多いですね。最初に感じたやる気が、消えていってしまうような感じでしょうか。

どうもそれには理由があるようです。人間には、潜在意識という普段生活している意識のほかに無意識の部分で動いているものがあり、その潜在意識が心の動きにブレーキをかけているそうなんです。意識の上では目標達成という状況の変化を求めていても、潜在意識のほうはそれに反してなるべく現状を維持しようとするらしい。

ダイエットがうまくいかなかったり、結婚式のまえにマリッジブルーになったりするのも、その現状維持プログラムのせいだったんです。それをクリアするには、はじめるときになるべくゆっくり時間をかけるという方法がよいそうです。ゆっくりと現状維持プログラムに気づかれないように、目標に近づいていく。急な変化は禁物だそうで、結構根性要りそうですね。

もうひとつ興味深かったのは、放っておくとすぐに消えてしまう感謝や情熱などの感情を、消えないようにする方法です。これはすぐ実践できる方法ですが、案外気づかないです。いい言葉だと思ったら、すぐに会話で使ってみる。本や映画で感動したら、人に薦めてみる。よい感情が起こったときに、それが消えてしまう前に定着させる唯一の方法は、行動に変えることなのです。自分自身もこうやって書いていると、書いたことは忘れず、他の人に伝えることができます。面白いですね。

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下流志向

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち Book 下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

著者:内田 樹
販売元:講談社
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どうもまだ使い方がよくわからず、フォントの大きさがうまく調整できません。お見苦しいところ、ご容赦ください。

今日は、最近よく読んでいるウチダ先生です。構造主義がわかってないとかいろいろ批判されることも多い先生ですが、面白いので読んでしまいます。

この本はお友達の会社が主催した講演を収録したものです。「学び」や「労働」から背を向ける若者たちがどうして出現したのか。いつもの方法でひっぱりこんでくれます。

なかでも興味深かったのは、諏訪哲二さんの著作からの紹介で、「学校が生活主体や労働主体としての自立の意味を説くまえに、子供たちはすでに消費主体としての自己を確立している。」という部分です。生まれてはじめての社会経験が買い物だったという現代の子供たちは、昔の子供たちのしたような、水撒きや掃除などの家庭で行われてきた労働を経験することなく、いきなり消費者として社会に接します。そして学校でも「教育サービスの買い手」としてのポジションを求めるようになります。買い手としての子供は先生に対して、教えてもらう内容が自分にとって利益があるのかどうか判断し、いらなければ「買わない」という選択を自分の責任においてするようになるのです。自ら選んであえて「下流」を選択するロジックは、ここにあったのかと思わずひざをたたいてしまいました。

九九を教わるときに「これを覚えていったいどうなるの?」と聞かれた教師は愕然とするでしょう。これまでは、覚えるのは「あたりまえ」でしたから。

社会のいろんな場面で今、似たようなことがたくさん起こっているように感じます。そんな問題の根っこをきちんと認識しないと、ますます世の中はえらいことになるのではないかと不安になります。

松下幸之助さんが、「気づいた人には回りの人たちに知らせる責任がある。」と言ってたらしいですが、このような気づきを共有することで、教育の底辺をあげていくことができるのではと思いました。

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2008年10月14日 (火)

寡黙なる巨人

寡黙なる巨人 寡黙なる巨人

販売元:楽天ブックス
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東大名誉教授だった多田富雄さんは、2001年旅先で脳梗塞の発作に見舞われました。一命はとりとめたものの、右半身不随と嚥下障害、言語障害によって文字通りの地獄の日々が始まる。つばを飲み込んだり水を飲んだりという当たり前のことができない。死をも考えたという多田さんでしたが、希望を捨てずなんとか社会復帰をしようとリハビリを始めます。

運動機能は元には戻らなかったのですが、リハビリの一環で左手でワープロを使えるようになり、少しづつ文筆活動ができるようになります。

彼が病院で感じたのは、外の社会で持っていた地位や名誉などは患者や看護士のなかではまったく通用しないということでした。ただの「患者の多田さん」でしかないということ。よく聞かされる「失ったときに人は初めて気づく」というせりふがあるけれど、本当にそういう事態にならないと人は気づかないのだなあとしみじみ思いました。

自分自身の人生も折り返し地点を過ぎ、こういう本を読むたびに最期の迎え方に対して少しづつ覚悟をしていかねばと思うこの頃です。

新潮文庫の南伸坊さんとの共著「免疫学個人授業」も多田先生だったとは、この本を読んでから再認識しました。とってもえらい先生なんですね。

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2008年10月13日 (月)

裸でも生きる

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ) (講談社BIZ) Book 裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ) (講談社BIZ)

著者:山口 絵理子
販売元:講談社
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ワタクシ、某通信添削会社の会員向け情報誌でブックガイドを連載してるんですけど、結構その記事もたまってたりするのでせっかくなんでここでも転載しようかと思っています。中学生向けの情報誌で、字数も全部で300字程度なのでまとめるのが難しいのですが、毎回頑張っております。以下、その記事であります。どんなもんでしょう?

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(本の解説)

小学校でいじめに、中学では不良生徒。そして柔道と出会い、全国7位になる。その後、工業高校から慶應義塾大学に入学。アメリカの国際機関でインターンを経験。途上国支援の矛盾を感じ、最貧国バングラデシュに渡る。 

(本の内容)

「生きるために、生きていた。」、そんな人たちが数多く住む最貧国バングラデシュ。途上国を支援するにはただ施すだけではダメだ。ビジネスのパートナーとして、ともに豊かになるんだというこれまでなかった視点で、特産品のジュート(生地)を使ったバッグを販売する。「そんなことできるわけない」という周りの声の中、多くの困難に押しつぶされそうになりながら「この国に希望の光を灯す」ことを目指して走り続ける、20代女性社長の創業の記録です。

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山口さんはテレビの「情熱大陸」にも出演されたそうで、非常にエネルギッシュな方のようです。バッグという商品を通じて途上国に貢献する。それもビジネスとしてお互いが成長できるように、これまでの「施し」という視点から離れた方法で運営できるまでには大変な苦労があったようです。最近やたら多い「号泣もの」とは一線を画した本物の涙が描かれていました。文章は雑ですが、ついついひきこまれる迫力があります。

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読書進化論

読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書) (小学館101新書 1) Book 読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書) (小学館101新書 1)

著者:勝間 和代
販売元:小学館
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この本は発売日に即買いしました。勝間さんの本は今まで守備範囲外だと思い込んでいたので、読んでいませんでしたが、これは手に取ったとき面白そうと直感しました。久々に読んでいて付箋をたくさんつけてしまった本。備忘録的に、面白かったところをひろってみます。

ウエブ派の勝間さんにとっても本はやはり欠かせない存在。どの点が優れているかというと、自己表現のメディアとしてフォーマットが安定していること、読みやすさ、携帯性の良さなど、ネットはまだまだかなわないという。自分自身もざっと内容を知りたいとき、ぱらぱら読みや斜め読みなど、本でしかできないやり方で情報収集しています。

勝間さんは本を選ぶとき良い本を見つけるコツは「とんがっているもの」があるかどうかをチェックするそうです。翻訳書をよく読むそうですが、割合として和書よりもとんがったトピックがはいっている確率が高いとか。こういうことは、新しく本を書く人や、編集に携わる人は意識していたほうが良いと思います。読者の立場からみても、やっぱり面白いコンテンツが無いと、損した気分にさせられてしまいます。

出版業界では商品ができる前に他業種ほどマーケティングを行いません。1冊の単価が低いので、マーケティングにかける予算がないというのが真相だと思いますが、この本で紹介されている「ブルーオーシャン戦略」のように、船出するときにはすでに競争相手がいない青い海に乗り出すようなイメージで本を作れば、出版不況もいくらかは解消されるのではないかと考えさせられました。

読書の好きな方だけでなく、出版関係の方にもいろいろな気づきがあるのではないかと思わせる今回の1冊でした。

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