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2015年11月20日 (金)

紋切型社会 武田砂鉄著 朝日出版社

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第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞ということで、どんなもんかなと思い読んでみました。

紋切型というと決まり切った言葉の使い方によって、人間関係や社会の動きにマイナスの状況をもたらすというのが最近の用法だと思うけれど、この本では「紋切型社会」というものをはじめから想定して、その社会に通奏低音のように流れる様々な紋切型フレーズを味わってみようという趣向なのかなと感じた。

「紋切型」。自分自身もこういったステレオタイプな物言いはよくしてしまっているのではないかと思う。けれども自分で使う言葉というのは、そのほとんどがストックフレーズであって、話しながらまったく新しい概念が生成されていくというのはないのではないだろうか。そういう意味では社会というのははじめから「紋切型」であって、私たちはその呪縛から逃れることはできないのだろう。

この本の著者はあえて「紋切型」にこだわることで、社会と私たちの関係性を浮き彫りにしようとしている。 例えば乙武洋匡さんのことを無意識に「乙武君」というふうに言ってしまっているけれども、最初に何かで刷り込まれた言葉を私たちはなかなか刷りなおすことができないものだ。テレビのMCなどは意識的に「さん」付けで呼んでいるけれども、逆にひっかかりがあったりする。「どうしてひっかかるのか」というところが、その事象と自分との接点なのではないか。著者はそのひっかかりをひもとく鍵として、対照的に薬害エイズ事件の川田龍平さんのことをとりあげる。川田さんは乙武君と違ってはじめから「川田さん」だった。これ以上書くとネタバレになるのでこの辺にしておくけれども、こんな話は枚挙にいとまがない。

私たちはちょっとしたひっかかりをそのままにすることもできるが、そうせずに「どうしてなのか?」と立ち止まることもできる。この本ではそんな立ち止まり方のひとつのかたちを見ることができる。自分自身ができることは、そんなかたちを見て、自分なりの答えを見つけることではないだろうか。それは、紋切型のフレーズが世の中のあちらこちらに散らばっているからこそできることだ。私たちには、世の中に遍在する紋切型の言葉たちに文句垂れるだけではなく、使われた言葉で硬直させられた社会に違う側面から言葉を投げかけ、解きほぐしていくことが望まれているのではないだろうか。そしてそれはサルトルのいうアンガジュマンの実践でもあるのではないかと感じた。

散らばった紋切型の言葉たちを味わいつくし、そしてそれぞれを受け入れることで起こった感情を内在化していく。そうすることではじめて私たちは紋切型の言葉で記述されたこの社会のことを、真に愛することができるのだろう。

お薦めいただいた(橋)さん、ありがとうございました。

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