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2010年8月 2日 (月)

梅棹忠夫の京都案内

Book 梅棹忠夫の京都案内 (角川ソフィア文庫)

著者:梅棹 忠夫
販売元:角川書店
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京都の西陣生まれの梅棹忠夫さんの京都案内本。いろんなメディアの要請で書いたコラムのコンピピレーション本です。

京都ネイティブの人の不遜とも感じられる物言いが、いったいどこから来るのか。長年考えてきた疑問が少し払拭されたような気がする。外から見ると観光都市と見られる京都だが、京都人からするとそこは生活の場であり、観光の部分が占める割合はうんと少ないのだと言う。確かに町並みなどは風情があり、洛内では民家を見ているだけでも旅心がくすぐられるが、そこでは普通の人たちの日常生活が営まれているのだった。

観光局の陰謀かもしれないが京都の代表的な祭りの葵祭りや祇園祭も、本来は現在行われているような大規模なものではなかったようだ。葵祭りは加茂の祭りともいうように、上賀茂と下賀茂の両社のお祭りで、いまだに勅使がおいでになる王朝以来の宮廷貴族の祭りだという。祇園祭はいわゆる祇園さん、つまり八坂神社の祭りで、本来氏子のためのものだった。中世以来祇園祭は町衆の祭りなのだ。

日本の古都といわれる京都だが、本当は日本人みんなのものではなく、やはり地元に暮らす人々のものなのだろう。たまにお邪魔して見たり聞いたりして楽しませていただく。そんな謙虚な姿勢が観光客には必要だと思う。

「京ことば」というのがある。これは「京都弁」ではなくやはり「京ことば」でなくてはならない。「京ことば」というのは、人と人との距離感や関係性をうまく表現していると思う。京都大学にいた梅棹さんが驚いたことがある。他所から来た大学の先生が近所のタバコ屋で「おい、たばこくれ」と言ったそうだ。この言い方は京都人の市民原則からは完全にはずれる。「すんませんけど、たばこおくれやす」というのが正しい物言いだという。市民対等意識というのは京都でははっきりしている。どんな偉い人が目下の人に話すときでも、ぞんざいな言い方はしないという。「ありがとう」というのは目下の人に使う言葉で、対等なら「ありがとうございます」というべきらしい。「京ことば」では市民的対等の原則にたって、すべて「おおきに」である。

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