生きててもいいかしら?
著者:田口 ランディ,板橋 興宗
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生きててもいいかしら?―生と死をめぐる対話
販売元:東京書籍
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田口ランディさんと板橋興宗さんの対談です。板橋さんは横浜の大本山総持寺貫首を経て曹洞宗の管長を務めるなど、とても偉い方のようです。管長時代はベンツで運転手付きだったそうですが、修行をしたかったのでお辞めになったとか。
宗教でも特に仏教者の話は、とらえどころが無くてわかりにくいと感じています。座禅や托鉢を通じて規則正しく自分を律することで、心の平安を求める。なるほどと思いますが、その後それがどう生かされるのだろうか。
「極楽」についてこんな風に話されています。「魚と水のたとえ」というのがあります。魚は、生まれたときからずっと水の中なので、そこが水の中だというのに気づきません。そこで、のどが渇いたといって水を探したとしたらどうでしょう。人間にとっての極楽というのはその「水」のようなものだといいます。生きていることじたいが極楽、息をすること、そして苦しんだりすることもそのものが楽しみなのだといいます。頭の中で極楽を描いているうちは、それは地獄につながる。いま生きている現実意外に事実は無いことを知ること。これが解脱だということです。
道元が中国から帰ってきて「私は修行らしい修行はしてこなかったが、自分の眼は横に、鼻は縦についているという当たり前のことがわかった」と言ったそうです。仏法を求めて修行してきたが、本当はそのようなものはなかったということなのでしょうか。
それにしても田口さんが「この狸親父からなんとか本当のことを聞きだしたい」と言ったほど暖簾に腕押しという感じで、「仏教における真理」は近づこうとすると遠ざかってしまうようです。この辺の感じは昔からなかなか拭い去れないので、宗教を仕事にしている方は出来ればこの辺を払拭して欲しいと思います。
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コメント
そうそう、だからなるべく「理解しないように!」って、
心がけてはいるのですが・・・。
投稿: フジザクラ | 2009年7月 4日 (土) 02時36分