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2008年11月

2008年11月30日 (日)

種まく人  玉村豊男 新潮文庫

51331sfpejl 41歳のとき過労とストレスで大量の吐血をし輸血を受けた玉村さんは、肝炎になってしまった。そのとき以来、これまで生きてきた期間より短い期日のうちに自分は死ぬのだという認識を、身の傍らにおいて過ごすようになります。

この本には軽井沢で暮らしていた著者が、自分の「死に場所」としてふさわしい土地を探し求め、その土地で農園主として生活を始めるまでの顛末が記されています。

人は人生の残り時間を感じ始めたときから、より真剣に人生を生きようと思うのかもしれない。「死を想う」という言葉がありますが、まさに死を想うことで、より「生」の尊さが認知されるのでしょう。

こんな文章があります。

「日がな一日雑草取りに時間を費やしたとしても損もしないし、得もしない。それは、私たちが生まれてくる前に長い長い無辺際な時間があり、私たちが死んだあとにまた無辺際な時間が永遠に続くのに似ている。」

軽妙なタッチで重要なことをさらりと書いてしまう。こんな風に自分も書ければ良いなあと思います。

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2008年11月26日 (水)

ふしぎなお金

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ふしぎなお金 (こどもの哲学 大人の絵本) Book ふしぎなお金 (こどもの哲学 大人の絵本)

著者:赤瀬川 原平
販売元:毎日新聞社
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赤瀬川さんによると、お金は拳銃に似ているそうです。レストランでコートを預けるとき、内ポケットの財布はどうします?はたしてそのまま預けていいものだろうか。財布がもし拳銃だったとしたら、それはお金を預けるのと同じ感覚で不安を感じるんじゃないだろうか。

日本人の場合、拳銃よりは刀のほうがしっくりくるかもしれない。腰に差した刀は、自分の身を守りかつ権威でもあるところは、お金にとても似ている。武士が茶室に入るときは、外にある刀掛に刀を掛けなければならない。そのときはやはり、財布を預けるのと同じくらい躊躇したのに違いない。

お金は内ポケットにあるときは、ある意味、記号的に拳銃などに近いくらい、持っていないと丸腰になってしまうような不安を呼び起こす存在ですが、いったん経済や株に姿を変えるとそんな不安はどこかへ行ってしまうようです。

人と人の間を手と手で交換し合ったお金は、今では「信用」という「約束」だけでいったりきたりするようになりました。経済不安が広がったのは、内ポケットのなかの小さな不安を忘れた私たちへの警鐘なのかなと、この本を読んで感じました。

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2008年11月23日 (日)

未来形の読書術

未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) Book 未来形の読書術 (ちくまプリマー新書)

著者:石原 千秋
販売元:筑摩書房
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皆さんはどんなところで本を読むのが好きですか。いきつけの喫茶店だったり、電車の中だったり、寝る前のベッドの中だったりと様々でしょう。でも、人それぞれ集中できる場所は異なるにしろ、「落ち着いて本を読める」という精神状態にはあまり差は無いのではないかと思います。それでは、結構うるさい電車の中のほうが、集中できたりするのは何故なんでしょう。

落ち着いて本が読める第一の条件は、まず周りが気にならないことです。でもその「周り」というのはよく観察してみると、雑音などではなく、自分の体だったりする。音に関しては、わざわざ音楽を流したりして、音楽で周りを遮断したりしています。それよりは自分の体のほうが邪魔かもしれない。確かに集中して本を読んでいるときは、自分の体を感じていないですね。でも、もっと邪魔なのは自分の意識です。意識が自分に向かわないようにしなければ、「読書に没頭」することはできません。

このように集中して読書をしようとすると、かなり高度な脳の使い方をしないといけないことがわかります。

黙読というのも、それができるようになるまでには、いくつかの段階が存在します。まず文字を知らない子供は、読んでもらった言葉が、耳から、体を通してやってきます。そのうち字が読めるようになると、はじめは声を出して読む。自分の声を耳で聞いている。まだ体を使っているわけですね。そのうち少しづつ体の助けを借りなくても読めるようになるのです。そんな風に本を読むときに、自分を消して物語に入っていくのは、大変なことだということがわかります。

本を読んでいるときに、自分は果たしてどこにいるんだろう。本の中だろうか。それともその他のどこかだろうか。当たり前のようにして本を読んでいる私たちですが、自分が本を読む意味なんかはあまり考えないものです。でも読んでいる本と自分の間の距離とか、その本に何を求めて読んでいるのかは、きちんと認識していないと、本当の意味で「読んだ」ことにはならないのかもしれません。

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2008年11月19日 (水)

私のマルクス

私のマルクス Book 私のマルクス

著者:佐藤 優
販売元:文藝春秋
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最近、「マルクスは面白いぞ!」という人が増えている。金融不安などで先行きが不透明なこの世の中で、もういちど「資本論」に立ち返って考えることは、価値があるということなのだろう。資本主義システムの持つ論理とその限界を知ることで、今抱えている不安を取り除くことができるかもしれない。

佐藤優のマルクスとの出会いは十五才のときだった。中学のときから文通していたハンガリーの少年に会いに行き、同時にスイス、西ドイツ、チェコスロバキア、ソ連などをひとりで旅をする。そのとき、ハンガリーのバラトン湖のキャンプ場で目にしたマルクスの肖像画に強い印象を受け、マルクス主義の勉強をはじめた。

その後、高校の倫理の授業で神学に触れ非常に興味を持つが、マルクス主義の掲げる「宗教は人民の阿片である」という無神論政策の考えと交錯し、大学では無神論が成立しうるのかを神学部で勉強してみようと、同志社大学神学部に入学する。普通、こんな学生は大学としては入学させないと思いますが、なかなか懐が深いというか、ちょっと無茶ですね。結果として千年近い伝統を持つキリスト教神学のまえに無神論は何の力も持たず、十九歳で洗礼を受けることになる。

キリスト教とマルクス主義という相対するものが、ひとりの人間のなかでどう収束していくのだろうか。なんとなく、佐藤さんはマルクスを通じて、キリスト教を語りたかったのではないかと思いました。思想的な解釈や、神学的な記述はある程度関連書籍を読んでいないと理解が難しいと感じますが、全体を読み通してみると、「知の怪物」といわれた佐藤優がいかにして形作られていったのかがとてもよくわかります。

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2008年11月16日 (日)

立花隆秘書日記

立花隆秘書日記 Book 立花隆秘書日記

著者:佐々木 千賀子
販売元:ポプラ社
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「茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」を読んでいたらこんなことが書いてあった。

「受験情報専門の雑誌と、ヨミウリ・ウィークリーの受験記事の違いに気付いたのですよ。」と答える。「ほお。それは、どういうことですか?」「ジャーナリズムだな、と思って。ヨミウリ・ウィークリーの記事は、受験情報を書くにしても、何かスタンスが違うんですよ。裏をとっているというか。客観性貫く。さすがはブンヤの魂。わいわいと持ち上げて煽るだけの専門雑誌とは違う。」

これを読んだとき、この本の一節を思い出した。

立花隆さんの秘書をしていた著者の佐々木さんは、立花さんとつきあいの長い編集者から「立花隆とつきあう五箇条」を伝授される。これは、やってはいけない五つのことだ。そのひとつに「苦労して手に入れた資料が使われなくても文句を言ってはいけない。」というのがある。

立花さんは原稿を書きながら、締め切りまでに目を通しきれないとわかっていても、集められるだけ資料を集める。そのため、担当編集者と佐々木さんはその都度大慌てで資料を手に入れるが、ほとんどの場合その資料は目を通されることなく、書棚に並べられるのである。たぶん、立花さんはその資料がなくても原稿が書けるのだろう。でも、目を通すことがなくても、集められた資料たちのボリュームが、立花さんの文章に自信と厚みを与えているのではないだろうか。「裏を取る」というのとは少し違うかもしれませんが、この事実を知ったとき、「知の巨人」といわれたジャーナリスト立花隆に、すこし近づけた感じがしました。

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2008年11月13日 (木)

ゴーン家の家訓

ゴーン家の家訓 Book ゴーン家の家訓

著者:リタ ゴーン
販売元:集英社
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カルロス・ゴーン夫人の書いた本。出たときは結構売れましたね。

カルロス・ゴーンさんもリタさんもともにレバノン人ですが、ゴーンさんはブラジル生まれ。リタさんはレバノンで生まれています。ふたりが出会ったのは、リタさんが大学進学のため滞在していたフランスでした。イスラエル建国後、中東戦争や内乱が続いたため、フランスにはレバノンから多くの人が移住し、コミュニティがあったので滞在しやすかったからです。

レバノンはイスラム教徒とキリスト教徒が半々くらいで、他国で見られるのとは異なり、同じ学校に通い、寛容にお互いが認め合う文化があるといいます。長い歴史のなかで政情不安や経済的困難のため海外移住が伝統としてあり、現在まで続く政情不安に対応するため、レバノン人には教育をとても重視する傾向があるそうです。

内戦のさなかに少女時代を送ったリサさんにとって、他者と助け合うことがいかに大事かということは、子供たちに伝えたい第一のことでした。戦争の中では、他者の助けなしでは決して生き残れない。そういった、自分が体験している痛みを他者と分かち合うという認識を持つことが、人間として大切なことだというメッセージが、この本の底流には流れていると思いました。

タイトルは「ゴーン家の家訓」ですが、内容は「リタ・ゴーン」とタイトルを変えたほうがしっくりくるのではと思わされるものでした。子供たちが小さいときに読んでいればと思うほど良い本でした。いまから子育てをされる方にお勧めします。

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2008年11月11日 (火)

岡田斗司夫さん

「THE 21 12月号」掲載の岡田斗司夫さんのインタビューが面白かった。例のレコーディング・ダイエットの人ですね。自分が食べた物と体重を、毎日欠かさず記録して現状を把握するという簡単な方法です。岡田さんいわく、「ものすごい努力なんかしちゃダメです。必ず失敗します」との事。そう、本当に記録するだけというという、なんて簡単な方法なんでしょう。

岡田さんは自己啓発本やビジネスノウハウ本が好きで、たくさん読まれたそうですが、読んでみて確信したことは「絶対に成功するノウハウなんて存在しない」ということ。それよりは自分に目を向けたほうがいいそうです。例えば太っている人は、自分自身が太るための行動をとっていることを自覚していないといいます。それと同じように多くの人は、知らず知らずのうちに、成功から遠ざかるような行動をとってしまっているのです。自分自身を認識しながら継続的に行動を続けていくことが、いろんなノウハウを真似るより、成功に近づく現実的な方法だといえるかも知れません。

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2008年11月10日 (月)

新宿駅最後の小さなお店ベルク

新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks) Book 新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks)

著者:井野朋也(ベルク店長)
販売元:ブルース・インターアクションズ
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こだわりのブレンドコーヒー210円、黒ギネス一杯315円。まずは値段でびっくりです。ホットドッグのパンはパン職人の手作りで、ソーセージはこの店のために職人が作り上げたこだわりの一品。このソーセージ、なんとドイツのコンクールで金賞に輝いたという。う~ん、食べてみたいです。

新宿駅東口を出てすぐ。ルミネの地下にあるこのお店。1日1,500人以上が利用するという大繁盛店。超ファーストフード店かと思いきや、いろんなところにやたらこだわっています。例えばコーヒーにやたらこだわる。この「やたら」というのがポイントで、過剰にこだわることでインパクトを出すことができるらしい。

なんでも自分たちの理想の飲食店を求めていたらこのお店になったという、なんともうらやましいお話です。食べたいときに食べたいものが食べられる。適当な値段で、抜群のおいしさで。一人でも入れて、人も連れて行ける等等、ありそうでないお店。どうやってそんなお店ができたのか、これは知る価値ありそうです。

ジャンルとしては、飲食店経営の本ですが、とことんこだわるこだわり方はいろんな仕事に応用できそうです。

このお店、いま立ち退き問題でゆれているそうです。たくさんの署名が集まり家主と交渉が続いているそうですが、なんとか存続してほしいものです。

私はこのお店には行ったことがないのですが、行かれた方、行ってみたい方など、ぜひコメントしてください。

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2008年11月 9日 (日)

根をもつこと、翼をもつこと

根をもつこと、翼をもつこと (新潮文庫) Book 根をもつこと、翼をもつこと (新潮文庫)

著者:田口 ランディ
販売元:新潮社
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田口ランディさんの小説は未読ですが、エッセイは視点が面白いのでいくつか読んでいます。興味があるところには実際に行って、そして会いたい人には会って話を聞く。当たり前のようでいて、なかなか実際にはできないものです。

この本でも広島、水俣、屋久島、ベラルーシ共和国、スウェーデンなど多くの土地を訪れ、そこで出会った人々と対話しています。

チェルノブイリで放射能漏れ事故が起きてから19年後、ベラルーシを訪れる。「美しい村だねえ。ここが放射能に汚染されているなんて思えない」という言葉に、現地のコーディネーターが「ほんとうにそうよね。ここには放射能以外の汚染はなにもないわ」と頷く。村人へのお土産に持っていった湿布薬を、足が痛いという老婆に貼ってあげる。すると、村中に「日本からお医者さんが来た」とうわさが広まり、病気の人が集まってくる。治してあげられないことを申し訳ないと思う。こんな短いやりとりを切り取ることで、そこで起こったことをストレートに表現する。田口ランディの真骨頂はこんなところにあるような気がします。

ノンフィクションが好きだと思うのは、こんな文章を読んだときです。

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2008年11月 8日 (土)

知識人99人の死に方

知識人99人の死に方 知識人99人の死に方

販売元:楽天ブックス
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人間は生まれた瞬間から死に向かって進み続ける。わかりきったことですが、普段はなるべく思い出さないようにしているのです。

モンテーニュはこう言ったそうです。「我々が準備するのは死に対してではない。死はあまりにもつかの間のできごとである。我々は死の準備に対して準備するのだ」と。そのように死の準備に対する準備として、既に亡くなった方々が迎えた最期のときを知ることは無意味ではないでしょう。

手塚治虫の場合、胃ガンであったが医師からは胃潰瘍だと宣言され手術を受ける。たくさんの仕事を抱えていたが、なかでもイタリアの放送局からの依頼で製作していたアニメ「聖書物語」の完成には最期までこだわりをみせた。「この仕事はどうあってもやり遂げる。いま死んだら、死んでも死に切れないんだ」とまで言ったという。

医師でもあった手塚はおそらくガンだということを知っていたに違いない。しかし、遺言などの自分が死んだ後の準備はまったくしておらず、反対に退院してからの仕事の段取りは怠りなくされていたということを見ても、生に対する執着のすさまじさを感じずにはいられませんでした。

自分自身も毎日の暮らしの奥深くに常に「死」を意識することで、より生き生きと生活することができるのではないかと、この本を読んで感じました。

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2008年11月 6日 (木)

バカと東大は使いよう

バカと東大は使いよう (朝日新書 116) Book バカと東大は使いよう (朝日新書 116)

著者:伊東 乾
販売元:朝日新聞出版
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東大をはじめとする、旧帝大を中心としたいわゆる官学。縦割りの行政型カリキュラムの最終到達地点としての大学には、たくさんの問題点があることに異論はないでしょう。江戸時代の学問所で行われてきた、丸暗記型の勉強法をそのまま受け継ぐ学生たちがオリジナリティのある学問に目覚める道はあるのでしょうか。

一問一答で学んだバラバラの知識を、社会で通用できるようにつなげていく「書かれざる法」を身につける方法はなかなかありません。これからの大学に求められているのはそんな真の教養だというこの本。一読の価値はあります。書下ろしではなく、7年余りに渡って断続的に執筆された文章をまとめたためか、いささか読みづらいですけれども、東大の現職教員の感じる大学感を大いに味わうことができます。

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2008年11月 3日 (月)

奇跡のリンゴ

 奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録 奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録
販売元:セブンアンドワイ
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現在、われわれの口にしているリンゴはすべて品種改良されたものです。原種と違って品種改良されたリンゴは、農薬なしに収穫まで生育させるのは不可能だと言われてきました。通常13回も、収穫まえに農薬を散布するといいます。

あるとき、書店で「自然農法」の福岡正信さんの本と出会ったことから、主人公の木村秋則さんの人生が大きく変わりました。「もしかしたらリンゴでも同じことができるかもしれない。」と、不可能とされてきた無農薬栽培に取り組みはじめました。ところが、それから10年近くの間、害虫や病気の発生で収穫がまったくなく、収入もとだえてしまいます。

大変な苦労の末死を決意し、ロープを持って入った山で木村さんは一本の木に出会います。農薬を使っていないのに虫がついたり病気になっていない。その木を見て木村さんは大きな気づきを得て、無農薬栽培の大きな転機を迎えます。何年かぶりに花の咲いていなかった畑がリンゴの花でいっぱいになった。そして、久しぶりの収穫。それでも、普通店頭で見るようなものはできず、生活は苦しいままですが、少しづついいものができ、いまでは入手が難しいくらいの人気だそうです。

このリンゴ、食べたことはありませんが、信じられないくらいおいしいそうです。やわらかい土に広く根を張った健康なリンゴの木は、本来のリンゴの持つおいしさをきちんと持っているのかも知れません。

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