呪いの時代 内田樹 新潮社
出版されてすぐに読んだのですが、なかなか上手く感想を書けませんでした。内田さんの文章は頭で分かっているだけではダメで、もっと自分の日常生活や身体的なところまで持ってこないと本当に読めたことにならないような気がします。
この時代に「呪い」がこれほどこれほど瀰漫したのは、人々が自尊感情を満たされることを過剰に求め始めたからだと内田さんは言っています。高い自己評価と低い外部評価の差を埋めるために、一般的には外部評価を高めるために人は努力する。その反対の例えとして「引きこもり」をあげています。引きこもりは自分に対して低い評価を与える外部を遮断することで、外部に評価されない立場に逃げ込むことだといいます。外部に評価されなければその人は自分自身の自尊感情について一喜一憂する必要がなくなります。なるほど。引きこもりが自尊感情と関係があったとは気がつかなかったな。これは引きこもりの解決に役立つかも。
引きこもりだけでなく、最近の若者を見ていると、自己評価の場所に晒されることを嫌う傾向が高いと思います。就職活動などの話を聞いていても、他者からの評価を正当に受け入れられず、なかなか就業できないといったことをよく聞きます。自分自身が何ものであるかを知るために社会で活動するのが、人間の本来の姿だと思いますが、これではただ生きているだけで、人間の本来の役目を果していないのではないかと思います。私自身が学生だったときには教師というのは「身の程を知ること」の大切さを教えていたと思いますが、現在の教育現場ではそのことよりも、「無限の可能性の追求」を奨励する傾向があるように感じられます。けれども学校の一番の役目は「自分には無限の可能性がある」ということと「自分の資質は有限である」という矛盾した事実を内在させることが大人になるための通り道なのだ教えることだと思います。これは学校を社会という言葉に置き換えても良いのではないでしょうか。そしてそんな通り道を通ることのできる能力を私たちは「教養」と呼ぶのではないでしょうか。
「自分は十分な尊敬を受けていない」という呪いの言葉は私たちをあっという間に不幸におとしいれるでしょう。でもそんな呪いの言葉がふりかかりそうになったときに一番助けとなるのは、一体何なのか?その答を探すためのきっかけになりそうな本でした。
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