2009年7月12日 (日)

確かに生きる

確かに生きる―落ちこぼれたら這い上がればいい (集英社文庫) Book 確かに生きる―落ちこぼれたら這い上がればいい (集英社文庫)

著者:野口 健
販売元:集英社
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野口健というと、清掃登山や環境学校など、文部科学省ご推薦のお兄さんというイメージしかなかったのですが、読んでみるとそのイメージは払拭されてしまいました。本人は別に富士山が好きだから掃除をしているわけでは無いといいます。日本の最高峰のゴミ拾いをするということに、国民が注目するという事が大事だという。「ゴミ拾いを国民運動に」なんて出来るわけ無い、という声が多かったそうですが、今では年間6000人を越える人々が参加しているそうです。

マネージャーの方があとがきで彼のことを「ドミナント・ロジックを打破する人」と評していました。ドミナント・ロジックは思い込みや固定概念のことだそうです。「そんなことやっても世の中は変わらないよ」と言われるほど執念を燃やして突き進んでいく。おちこぼれていた少年時代に、肩書きで生きることの出来る外交官の父親と違い、自分の名前で仕事をすることを誓った野口さんの「生きる道」は確かに続いているのだなあと感心してしまいました。

清掃登山についてあとがきで面白いことを言っている。エベレストでヨーロッパの登山家が日本隊のゴミの多さを指して「日本は経済は一流だが、マナーは三流だ」といわれたことで、日本人としての恥と関係者に対する怒りがきっかけになり清掃を始めたということになっている。でも本当の理由と言うのは本人にもなかなかつかめない。でもひとつわかるのは、自分の中に乾いた穴のようなものがあり、その穴を埋めようとする自分を抑える事が出来ないということだ。その穴を埋める行為こそが人生であるという。

掃除と言うのは実際には身の回りをきれいにすることですが、その行為を通じて自分の心の中を掃除していることに他ならないと思います。禅僧なども、掃除などの日常の仕事を通じて精神状態を保っているように感じますが、我々も無意識のうちに精神の安定を求めるように「自分の穴」を埋めたりしているのではないかと思いました。

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2009年7月 8日 (水)

単純な脳、複雑な「私」

単純な脳、複雑な「私」 Book 単純な脳、複雑な「私」

著者:池谷裕二
販売元:朝日出版社
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「海馬」でおなじみの池谷裕二さんが、出身高校で行った講演と連続講義をまとめた本です。「心の構造化」というとらえにくいテーマで行われた講義ですが、「意識と無意識を含めた脳の作用」を説明しています。

私たちがものごとを判断するときに、果たして何を根拠にしているのでしょうか。正しいと思って下した判断は、本当にそれで良かったのだろうか。「正しさ」の信念は記憶、しかもよりアクセスしやすい記憶に、影響されやすい事が知られているそうです。想像しやすいもの、思い出しやすいものを正しいと認識しやすい。言い換えれば、嫌いなものより好きなものの方、不慣れなものより慣れ親しんだもののほうが「正しい」と感じやすいということです。

一見、複雑な様相を見せる社会ですが、このような単純な脳の働きをベースに動いているかもしれないと思ったとき、「ちょっと気をつけないといけないな」というブレーキを心の中に持っていないと、危ないことになるのではないでしょうか。自分が思っているほど、自分は自分のことをわかっていないのではないか。もしかしたら自分以外の人のほうが、「わたし」のことをわかっているのではないだろうか。

私たちの心には意識できるところと意識できないところがありますが、意識できるところは少なくてほとんどが無意識だそうです。無意識のレベルで判断したり考えたりしている。「自分のことはわかっていない」ということをわかる、というのが自分のことをわかることなのだ、という事だと思うのですが、余計にわからなくなってしまいそうです。

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2009年7月 6日 (月)

じぶん この不思議な存在

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」) Book じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)

著者:鷲田 清一
販売元:講談社
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大阪大学の鷲田先生、結構面白い本書いてます。他者との関係性などを通じてはじめて「じぶん」というものが明らかになるというような趣旨の本だと思います。

面白かったのは、排泄物などをどうして汚いと感じるかという事です。なにかを飲むときに4つの方法が考えられます。

①口の中のつばを飲む。

②コップの水を飲む。

③コップの中につばをはき、水と一緒に飲む。

④水を口に含みコップに戻し、それを飲む。

③④に対してはほとんどの人がきたないと感じるでしょう。③④が①②と違うのは、水やつばが口から出たり入ったりすることで、それは身体の内部にあるものが外へ引きずり出され、内と外が混じりあってまた中へはいってしまうということです。そうすることで身体の内側と外側の境界線があいまいになり、「わたし」の存在の輪郭が侵されてしまう。それをわたしたちは恐れるのだといいます。それは排泄物や分泌物でも同様にいえるのです。

なぜ人はこのように境界に固執するのでしょうか。じぶんとじぶんでないもの、よいこととわるいことのように、「~である」とか「~でない」というしかたでしか「じぶん」というものを理解する事が出来ないからではないでしょうか。

じぶんの排泄物を嫌う理由というのはあまり考えた事が無かったのですが、思ったより深いところで脳が勝手に判断していたのだと知って愕然としてしまいました。

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2009年7月 3日 (金)

生きててもいいかしら?

生きててもいいかしら?―生と死をめぐる対話 Book 生きててもいいかしら?―生と死をめぐる対話

著者:田口 ランディ,板橋 興宗
販売元:東京書籍
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田口ランディさんと板橋興宗さんの対談です。板橋さんは横浜の大本山総持寺貫首を経て曹洞宗の管長を務めるなど、とても偉い方のようです。管長時代はベンツで運転手付きだったそうですが、修行をしたかったのでお辞めになったとか。

宗教でも特に仏教者の話は、とらえどころが無くてわかりにくいと感じています。座禅や托鉢を通じて規則正しく自分を律することで、心の平安を求める。なるほどと思いますが、その後それがどう生かされるのだろうか。

「極楽」についてこんな風に話されています。「魚と水のたとえ」というのがあります。魚は、生まれたときからずっと水の中なので、そこが水の中だというのに気づきません。そこで、のどが渇いたといって水を探したとしたらどうでしょう。人間にとっての極楽というのはその「水」のようなものだといいます。生きていることじたいが極楽、息をすること、そして苦しんだりすることもそのものが楽しみなのだといいます。頭の中で極楽を描いているうちは、それは地獄につながる。いま生きている現実意外に事実は無いことを知ること。これが解脱だということです。

道元が中国から帰ってきて「私は修行らしい修行はしてこなかったが、自分の眼は横に、鼻は縦についているという当たり前のことがわかった」と言ったそうです。仏法を求めて修行してきたが、本当はそのようなものはなかったということなのでしょうか。

それにしても田口さんが「この狸親父からなんとか本当のことを聞きだしたい」と言ったほど暖簾に腕押しという感じで、「仏教における真理」は近づこうとすると遠ざかってしまうようです。この辺の感じは昔からなかなか拭い去れないので、宗教を仕事にしている方は出来ればこの辺を払拭して欲しいと思います。

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2009年6月26日 (金)

月のえくぼを見た男

月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立 (くもんの児童文学) Book 月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立 (くもんの児童文学)

著者:鹿毛 敏夫
販売元:くもん出版
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あまり一般には知られていませんが、麻田剛立という学者は日本の天文学の先駆者としてとても重要な人物だそうです。この方の孫弟子には伊能忠敬がいたりと、優秀な人材を多く育てたことでも高く評価されています。

子どものころから自然に興味を持っていた剛立は徐々に太陽の動きや、暦などの天文学的な事象に興味を持つようになります。当時幕府がとりいれていた暦の間違いを指摘するなど、早くからその才能は他から認められるところとなりました。長じて医師となった後も、天文観測を続け、「先事館」という塾を開き多くの学者を育てました。当時では手に入りにくかった西洋の天文学の書物を入手し、いちはやく取り入れることで近代的な科学の手法を日本に紹介しています。

現在は科学全盛の時代で、当たり前のようにしていろいろな技術を享受しています。しかし多くの先駆者たちがコツコツと方法を積み上げ、科学の基礎を作り上げてきたのを忘れてはならないと思います。小中学生向けに書かれたものですが、とてもよく調べられており大人が読んでも面白いと思います。

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2009年6月25日 (木)

なるほどの対話

なるほどの対話 (新潮文庫) Book なるほどの対話 (新潮文庫)

著者:河合 隼雄,吉本 ばなな
販売元:新潮社
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河合隼雄さんと吉本ばななさんという、意外な組み合わせの対談集です。対談集というのは読んでいるときは面白いのですが、何が印象的だったといわれて「はて?」と困るような感じがあります。

おふたりの話でいろんなキーワードが出てきましたが、興味深かったのが「偶発性」という言葉です。18世紀ごろの小説をみてみると、偶然性に関する記述がたくさん在るといいます。それが現代に近づくにつれ、必然がうまくつながって説明できる小説が増えてくる。けれども実際の人生においては、偶然のほうが断然多く、あれこれ考えていろいろやるより良い結果に結びついたりするようです。河合先生のお仕事の心理療法でも、偶然の出来事が良い結果につながり、治療がうまくいく場合があるそうです。しかしその場合、「こうやって治療したら治りました」というのではないので、治した事にはならないという批判があるそうです。それは「偶然起こったことに意味は無い」からだそうですが、果たしてどうなんでしょうか。

吉本さんが小説を書くときも、「あのことがあったから偶然書けた」ということがほとんどだそうです。小説を読んでいるとそのようなことはほとんどわかりませんが、書いているほうはほとんどそんな偶然に助けられるようにして書いているのでしょう。自分自身も本の感想やブックガイドなどは比較的書けるのですが、まったく自由な状況で書かなければいけないときは、本当に偶然にでも頼らないと難しいと思います。

実際の人生でも偶然にささえられている部分というのはもちろん多いと思いますが、偶然に出会える技術のようなものもあるような気がします。その技術というのは、意外と偶然を探し求めるのではなく、毎日きちんとした生活をすることだったりするのではないかと読んでいて感じました。

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2009年6月19日 (金)

指先で紡ぐ愛

5153k4qj9hl 全盲ろうという、目が見えず耳も聞こえない福島智さんという東京大学先端科学技術センター教授の奥さんが書かれた本です。テレビなどでご存知の方も多いと思いますが、普通の盲者や聾者と違い両方が使えないのでコミュニケーションの方法がとてもユニークなのです。盲者の方のコミュニケーションの方法として、盲者同士で点字を打つ機械を介して打ちだした点字のカードをやり取りすることで対話をするという方法があるそうです。

この方法を応用して、点字を打つ指先を手などの皮膚に直接あてることで指点字という手法を編み出したそうです。

目が見えず耳も聞こえないというのは「いつも真空の宇宙にいるような孤独な存在」だと福島さんは言っているそうです。そんな福島さんをサポートする著者の気持ちの逡巡もあり、案外「いい話」的な構成になっていないところが良かったです。

指先からの情報しか得る事が出来ないという事態は安易に想像する事ができません。しかしそんな事態に陥っても「ミスター・ポジティブ」といわれるほどの業績を上げてきた福島さんを支えるのは、並大抵の努力ではなかったのではないでしょうか。「君の指に触れることで、君とたわいない言葉を交わすことで、僕は自分の存在と生を実感できる」といわしめた沢美さんに拍手を送りたくなりました。

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2009年5月23日 (土)

私塾のすすめ

私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書) Book 私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書)

著者:齋藤孝 梅田望夫
販売元:筑摩書房
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斎藤孝さんと「ウェブ進化論」の梅田望夫さんの対談集です。全く立ち位置の違うかに見えるおふたりがどんなお話をするのか、想像がつきませんでしたが、大変面白かったです。

おふたりの間で共通するキーワードとして「明治時代」があったことは意外でした。斎藤さんは「座右の諭吉」などの著書もありわかるのですが、梅田さんは慶應で一貫教育を受けるうち、知らずしらずの内に福澤精神が刷り込まれていたということでした。明治時代というのは、ほとんど初めてグローバリゼーションに直面した時代で、その状況はよく見てみると現代の日本の状況と似ているといいます。例えばアメリカのサブプライムがすぐに日本の経済に大きな影響を与えるように、不条理な状況で外国の影響を受けやすくなってしまっています。

幕末期の適塾などの私塾では脱藩した多くの若者が学び、そしてお互いに研鑽しあい、強くなっていったといいます。そこで私たちは、明治期の私塾のありかたに学び、現代において私塾と同様の空間を作ることは可能ではないかと言っています。その前段階としてまずはじめに、直接会ったことは無くとも、師として仰ぎ私淑するという方法を薦めています。インターネットが発展している現代では、昔と違い、身の回りの狭い世界で探すよりも、もっとたやすく「心の師」を探す事ができるかもしれません。そしてその延長として「私塾的空間」を現出することは、学びたいと願う若者と、教えたいと思う者との間を結ぶ架け橋となるかも知れません。

インターネットを活用した私塾的空間の提案など大変興味深い内容でしたが、私塾というキーワードはこれからの時代に少なからず必要になってくるのではないかと思います。新しい学びの可能性について考えさせられた1冊でした。

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2009年5月14日 (木)

大人のいない国

大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書) Book 大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)

著者:鷲田 清一,内田 樹
販売元:プレジデント社
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自分が子どもの頃、周りの大人は大人っぽかったかなと思い起こしてみると、案外無邪気な子どもっぽい人が多かったように記憶しています。長ずるにつれ、自分が大人になるためのモデルというのを探していたのだと思いますが、生活面でのモデルはいても、精神的な面を参考にしたいと思った人はあまりいなかったように思います。

日本は長い年月をかけて他国に肩をならべることの出来る国家を作り上げ、とりあえず明日のことを心配しなくてもいい社会のシステムが機能しています。しかし、そのシステムのありがたみを意識せず暮らしていると、ひとりひとりが強くなくとも社会生活を営むことが出来てしまい、その結果多くの未熟なままの大人が生まれてしまうのです。

人が成長するための一番の糧は心の葛藤であると誰かが言っていましたが、生まれたときからすでに「消費者」の立場で社会と相対し続けた人々は、心の葛藤を感じる前に、それを回避するための様々な手段を駆使して、葛藤という精神的なリスクから逃れようとしているかのように思えます。隣人が自分の家の前にゴミを捨てていったら、直接苦情を言うのが当然ですが、それを行政のサービスの不備のように判断してしまう。直接原因と関わることを避けることで、傷ついたりすること無く平穏に過ごすことが出来てしまう。

様々な価値観と接することで、自分のなかにも様々な考え方の様式を身につけるというのが成熟するということではないかと思っています。社会的なリスクが増えている現在、未熟なままで世の中を渡っていく事が難しくなっていると感じます。未熟な人たちばかりが動かせるシステムも、このご時世ではいつかは破綻を迎えるかもしれません。そのことに気づいた人たちのなかから、「大人のいる国」を目指す動きが、そろそろ出てくるのではと期待しています。

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2009年5月10日 (日)

多読術

多読術 (ちくまプリマー新書) Book 多読術 (ちくまプリマー新書)

著者:松岡正剛
販売元:筑摩書房
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決して多読を薦めるわけではなく、楽しんで読む事が自然に多読につながるという「本読み」の達人による読書指南です。

人が本を読むということは、書いた人とのコミュニケーションだという。コンピューターのエンコードとデコードのように情報がそのまま劣化されずに受け渡されるのではなく、送る側が持っている情報を編集した断片を、受け取った読み手が自分なりのフレームワークで認識することで独自の解釈が生まれるという、ひとつのコミュニティのような関係に近いようだ。

自分自身本を読むときは、常々「書き手」の考えと自分の考えを、どれだけつなぐことが出来るかということを念頭においているのですが、そのときに大事にしていることは、「どう読むか」より「どう使う」かなのです。そのためには同じジャンルの本を「併読」したり、必ず自分だけで完結せず誰かに話したりと、読む事を一歩進めた方法を取り入れることで、ただ単に「読むだけ」で終わることを防いでいます。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」といいます。愚者は自分の失敗からしか学べないのに対し、賢者は他人の失敗からも学べるということでしょうか。本を読むということは、たくさんの先人たちの失敗や成功にアクセスすることの出来る最も手っ取り早い手段です。先人の知恵をうまく咀嚼して、よりよく生きる事が出来ればと思います。

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2009年4月28日 (火)

今、ここからすべての場所へ

今、ここからすべての場所へ Book 今、ここからすべての場所へ

著者:茂木健一郎
販売元:筑摩書房
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先日、京都大学の応用哲学会のシンポジウムでウチの息子がパネラーの茂木さんとお話しする機会を得たようです。「テレビの倍くらい熱い人だった」そうで、大変感激しておりました。

富める者も貧しきものも、誰しもが「今、ここ」にある自らの肉体から逃れることは出来ない。しかし人間の意識は遥か遠く、または存在し得ないような「ここではない何処か」について想いを馳せる事ができる。肉体の制約や、社会的な地位などの束縛は私たちを「今、ここ」に縛り付けている。そしてそのことを受け入れることは世界に対して「負け」を認めることになるのだろう。

けれども「今、ここ」にいて立ち止まり、自らを見つめなおしてみると、はじまりそして終わってゆく悠久の流れの中で、より強固に自分自身を意識する事ほど大切なことは無いのではないかと思わせられる。例えそれが「負ける」ことであっても、無限の可能性と対話するための方法として有効ならば私たちは喜んで「負け」を受け入れるだろう。

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2009年4月27日 (月)

日本の子どもと自尊心

日本の子どもと自尊心―自己主張をどう育むか (中公新書) Book 日本の子どもと自尊心―自己主張をどう育むか (中公新書)

著者:佐藤 淑子
販売元:中央公論新社
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自尊心というのは対人関係に深く関わっています。人間の発達は、目標を達成しようとする「達成動機」と、他者との友好な関係を維持しようとする「親和動機」の双方が車の両輪のようにバランスをとることで促されるといいます。そして両方のベースになる自己認識が「自尊心」であるといわれています。欧米人に比べ日本人が自意識の確立、特に自己主張が苦手だったりするのには日本特有の社会的な価値観や文化的な側面が大きく影響しています。

日本では「謙遜」や「謙譲」というような対人関係を重んじる態度が好ましいとされ、成功してもなるべく目立たないようにすることに意識を集中させる事が多いと思います。そういう行為は子どもの自己主張を育むことにおいては、あまり良い慣習とはいえないのではないでしょうか。

現在、社会の多くの場面では従来のような「根回し」に代表されるような人間関係に依存したような仕事の手法が淘汰され、その逆に説得力があり論理的なプレゼンテーションによる方法が取り入れられつつあります。そのような場面では「自尊心」に基づいた自信のある態度や、理性的な判断が多くの人たちの支持を集めることは疑う余地が無いでしょう。

伝統的な価値観に育った親たちが新しい世代を育てていく上で、「自尊心」をいかにして育てていくかは、これからの大きな課題となるでしょう。そしてその手段として、古い価値観の成り立ちをきちんと把握し検証することは大切なことだと思います。

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2009年4月20日 (月)

劇場としての書店

劇場としての書店 Book 劇場としての書店

著者:福嶋 聡
販売元:新評論
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ジュンク堂現大阪本店、店長の福嶋さんの本です。同業の先輩のお書きになったもので、拝読していると自分と似通った考えをされていてうれしくなりました。演劇の演出などを長年続けられていたそうで、書店を劇場に例えているところは興味深いですね。

福嶋さんと同じように私も図書館をよく利用しています。経済的な事情と生活スペースの確保が目的だったのですが、書店の売れ筋などはまったく無視した品揃え(というのか?)が新鮮で、ぶらぶら棚を見ていると意外な掘り出し物がありとても面白いのです。

息子の大学のシラバスをパラパラめくっていて、同じような感覚におちいった事を思い出しました。インターネットで検索するときはキーワードを入力する必要がありますが、本などを斜め読みしながらパラパラめくっていると、自然に大事そうな事が目に飛び込んできたりしますね。これはパソコンでは絶対出来ないことです。そしてこういう脳の使い方が出来る事が、人間のすばらしいところだと思います。

図書館でぶらぶらしながら棚を見るのもそれと似ていて、書店で本を選ぶのとはちょっと違う感じがします。書店の棚は結構ジャンルがきっちりまとめられていて、関連のあるものをひと目で見る事が出来ますね。それに比べて図書館の棚は大雑把にまとまっていますがあまりまとまりが無く、文脈とか構成とか、私たち書店員が大事にしているキーワードとは対極にあると思います。でもあえて時々そういう棚を見ることで、なんとなく自分自身がリセットされるような感覚があります。

劇場にやってくる観客たちは、ひたすら私たちの劇場をカオスに向かって進めようと日夜アクションを繰り返すかのようです。そんな私を癒してくれるのは、意外と図書館の雑多な棚だったりします。

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2009年4月16日 (木)

昭和のエートス

昭和のエートス Book 昭和のエートス

著者:内田樹
販売元:バジリコ
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いつものブログ・コンピレーションものではなく、雑誌や新聞に寄稿した文章をまとめたものです。普段のブログと異なり、多少依頼先の意図に合わせて窮屈そうですが、それでもオモロイですね。エートスというのはあまり聞かない言葉ですが、このタイトルの場合「精神」とか「時代のもつ習慣、雰囲気」という理解でよいのでしょうか。

「喧嘩の効用」という章が面白いです。最近、大人も子供もめっきり喧嘩をしなくなりました。喧嘩と言うのはコミュニケーションとしてはあまり良いものではありませんが、それでもお互い無関心よりはよいかもしれません。

喧嘩と言うのは勝ち負けですが、そのためには勝ったり負けたりするためのルールが必要です。つまり、喧嘩をする前には当事者同士のコミュニケーションが成立していないと論争が成り立たないことになります。論争できると言うことは相手のことを認めていなければいけないのですね。「君の理論は破綻している、なぜならば・・・。」と言えるということは、「なぜならば」以下の「・・・」の部分の理屈を相手が理解でき、なおかつその対立している構図についても相互の了解が成り立っているからに他ならないのです。

人間関係において、喧嘩のような状態はあまりよくないのはもちろんなのですが、共感を伴わない人間関係に比べるとそのような「熱い」状態はむしろ好ましいものに写ります。自分の考えるリアリティに対して共感を示さない相手に対して、あたかも存在していないような作法が世の中を覆っているような現在、「いっちょう喧嘩でもしてみるか」ぐらいの気持ちでいる方が、なんとなく人間らしくて良いような気がします。

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2009年4月14日 (火)

一生モノの勉強法

一生モノの勉強法―京大理系人気教授の戦略とノウハウ Book 一生モノの勉強法―京大理系人気教授の戦略とノウハウ

著者:鎌田 浩毅
販売元:東洋経済新報社
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著者の鎌田浩毅先生よりお送りいただきました。ありがとうございました。そしてアルクのMさん、お買い上げありがとうございました。地元の図書館で予約が十数人だとのこと。なかなかの人気ですね。

著者の鎌田先生とは灘高の木村先生からのつながりでお付き合いさせていただいています。いつもありがとうございます。それにしても、この本を読んでいると「勉強」というのはいかに奥が深く、際限が無いものかという事が思い知らされます。

人間は仕事や学校、そのほかにも様々な人間関係を通じて、社会という世界を体験しています。その体験を通じて私たちは成長していくのですが、その中で自分自身の成長の度合いを判断するものさしとして、そこにはどうしても「他者からの眼」という基準が必要になってくると思います。いいかえれば客観的な視点ということかも知れません。

自分自身の評価を高めることで、より自分の言いたい事が相手に伝わるようになるという、ある意味逆説的な手法を取り入れることで効果を生み出すという勉強法は、今までにないアイデアだと思います。普通に考えると「真っ赤なスーツを着て授業をする」というのはマイナス・イメージが先行しそうですが、あえてそうすることでまず注目してもらうというような「捨て身」の戦法が随所にちりばめられています。新聞なども「読むのは1紙、しかも1日10分まで」とかバッサリ決めてしまうことで効率を高めています。これも言ってみれば「捨て身」かも知れません。

この本に書かれた勉強法を読み通してみて感じたのは、鎌田先生が常に自分以外の誰かのために勉強の結果を役立たせようというと思っていらっしゃるのではないかということでした。ここではないどこかに行くための方法として人は学びという行動を起動させます。「新しいことを知ったり、自分の考えが正しいことが証明される」というのは人間の根源的な喜びにほかならないと、鎌田先生は結んでいます。「勉強法」がそれだけにとどまらず、人生を変えるツールとして使われることは、すべての人々にとって大きな成功への架け橋となっていくに違いありません。

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2009年4月10日 (金)

知る楽

今日はお休みだったのですがいろいろとたまっている仕事が多く、とても忙しい一日でした。

朝一番に、資源ごみを出し、そのあと15日締め切りの添削会社の会報向けの原稿を書き、ブログを更新。さらに印鑑証明をいただきに市役所へ。そしてお昼は義父達がご馳走してくれるというので、徳川家の墓所でもある瀬戸市の定光寺付近に自然薯定食を食べに行きました。普通はここで定食の画像がアップされるはずですが、デジカメを持っていないのでパスです。そして、多治見市にある多治見修道院に、お世話になった神父様のお墓参りに。その後家庭菜園の手入れと食料の買出しと、とてもハードでございました。

それで本題ですが、市役所で「知る楽」というNHKの番組の再放送をやっていて、面白かったので忘れないうちに書いておこうと思います。藤巻幸夫さんと勝間和代さんが出ていたのですが、どうも仕事の技術のような内容でした。

藤巻さんは伊勢丹時代に洋服のバイヤーとして有名だったそうですが、そのときに知り合ったデザイナーさん達から、「自分たちの作品を紹介する場所が無くて困っている」と相談されました。ちょうど売り場でも面白い企画はないかと模索している時期でしたので、ふたつをあわせれば面白い事ができそうだとアイデアを練りました。そこで生まれたのが「解放区」という売り場です。デザイナーさん達に自由に売り場を構成してもらい、新しいデザインの洋服を実験的に販売できるユニークな売り場が誕生したのです。

そこでそれまでと違ったのは、売り場の什器を搬入するときからデザイナーさん達が総出で手伝い、構成が出来上がった後に販売員さん達に一人一人のデザイナーが、商品のコンセプトやどんな風に着てもらいたいかなどをきちんと説明してくれたことでした。そこまで売り場に製作者が関わったことはそれまで無かったので、販売員の方たちはとてもやる気が出て、これまでにない大成功を収めたそうです。作り手と売る側のコミュニケーションがうまくとれたことで、いい結果につながったのだと思います。

書店の場合も同様で、現場で起こっていることはやはりその場所に来て見なければわからないと思います。藤巻さんが考えたように、売り場を通じて作り手と現場の交流が進むことこそ、これからの出版販売において最も大切なことでは無いかと感じました。編集者さんもなるべく書店を訪問して、いろんな意見を吸い上げてほしいと思っています。ぜひお待ちしています。

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みじかい眠りにつく前に

金原瑞人YAセレクション みじかい眠りにつく前にI 真夜中に読みたい10の話 (ピュアフル文庫 ん 1-10) (ピュアフル文庫) Book 金原瑞人YAセレクション みじかい眠りにつく前にI 真夜中に読みたい10の話 (ピュアフル文庫 ん 1-10) (ピュアフル文庫)

著者:有島 武郎,いしい しんじ,魚住 直子,江國 香織,恩田 陸,角田 光代,鷺沢 萠,寺山 修司,梨屋 アリエ,楡井 亜木子
販売元:ジャイブ
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相変わらず忙しくて更新できてません。

今回はちょっと変わったのを・・・。翻訳家の金原瑞人さんセレクションのヤングアダルト・アンソロジーです。鷺沢萌、いしいしんじ、恩田陸など人気の作家に加え、なぜか寺山修司、有島武郎をコラボレーションしています。有島武郎の「小さきものへ」は森絵都さんのお勧めですが、森さんによるとこの作品は「ヤングアダルトど真ん中」だそうで、「どこがど真ん中なんじゃ?」と思いながら読みましたがあたらずとも遠からずで、結構楽しく読めました。その辺のど真ん中加減は皆さん御自身で体験してみてください。

こうやって今の作家と古いものをあえてコラボしてみるというのも、なかなか面白いものですね。いろんな感性で選んで、若い方にこういった古典を勧めてみるというのもいいかもしれません。どこかの出版社さんでこういった企画をもっとやっていただくと、若い方が古典の面白さに気づいてくれるような気がします。

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2009年4月 3日 (金)

読書について

読書について 他二篇 (岩波文庫) Book 読書について 他二篇 (岩波文庫)

著者:ショウペンハウエル
販売元:岩波書店
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ショウペンハウエルです。難しいです。わかるところだけ拾い読みする感じですが、本を読むということについてあらためて考えさせられた気持ちです。

読書というのは他人にものを考えてもらうことだといいます。いきなり厳しいですね。つまり読書とは、他人の考えた後をたどっているにすぎない。常に乗物を使っていればついには歩くことを忘れてしまうのと一緒で、ただ読むだけでその後で読んだことを考えて見なければ精神の進歩は無いという。まさにその通りで、刹那的な楽しみのためだけにする読書から得られるものは無いでしょう。しかし、読んだことを日々の生活に生かす事ができるのならば、読書を通じて私たちは成長することができるのではないかと思います。目の前の本を思索の道具として使うことが出来るようになると、読書というのはもっと面白くなるのだと思います。

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2009年4月 2日 (木)

続ける力

続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書) Book 続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書)

著者:伊藤 真
販売元:幻冬舎
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久々の更新です。本屋さんというのは新学期がとても忙しく、それに加えて長男の大学進学で下宿さがし、荷物の搬入などで本を読むどころではありませんでした。・・・と言いつつ少しは読んでいたのですが、書く余裕が無かったのが本音です。

今回は司法試験指導塾の伊藤塾塾長の、成功するための王道について書かれた本です。司法試験に限らず大学入試、資格試験など、人生においてはいろんな場面で様々な試験が待ち構えています。それだけでなく、例えばダイエットや楽器習得などの目標を設定したときに、それを成し遂げるために私たちは様々な方策を講じます。しかしその目標を達成するために必要な、面白みの無い単純な作業の前に挫折することが多いと思います。

「単純で退屈なこと」を投げ出さずに続けるにはどうしたらよいのでしょうか。そのひとつとして、「やるべきことを徹底的に絞り込む」というのが効果的だそうです。司法試験には手書きの論述問題が出題されるそうですが、字のきれいさは採点の対象にはならないにしろ、あまり汚い字では採点者の印象が悪くなるかもしれないと考えた著者は、ペン習字をはじめます。ペン習字のためだけに何時間も費やすことは出来ないので、「漢字は大きめ、ひらがなは小さめ」など、すぐ出来るポイントを拾い出しました。それに加えて、答案を書くときによく使う言い回しなどを中心に、丁寧に練習するようにしました。このようにやるべきことを少なくして、退屈さのハードルを下げることで継続して練習を続けることが出来るようになるそうです。

仕事でも日常生活でもそうですが、「うまくやってるな」と思わせる人びとはこのような「続ける力」を持っているように感じます。あとがきで著者は「人が生きることの本質は、結果を残すことにあるのではなくそのプロセスにある。」と言っています。そのように人間というのは、結果を生み出す過程を楽しむことに生きる意味を見出しているのかもしれません。

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2009年3月23日 (月)

なぜ日本人は劣化したか

なぜ日本人は劣化したか (講談社現代新書) Book なぜ日本人は劣化したか (講談社現代新書)

著者:香山 リカ
販売元:講談社
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なんとなく読んだ後に気が滅入ります。活字、モラル、社会、生きる力などの様々なジャンルで日本人は劣化しているという、気の滅入るお話です。

2000年から大学で教員をやることになった香山さんは、あるとき同僚から「学生の単位の問題には気をつけたほうがいい」と助言されます。テストの成績などから、「不可」をつけた学生や保護者からクレームをつけられるというのがその理由でした。しかし香山さんが実際に目にしたのは、「不可」という評価をうけた学生が「私ってダメ人間なんですね」と傷つき、長きにわたって心にダメージを受けた姿でした。精神科医である香山さんは、大学と病院というふたつの職場が、地続きであるかのような錯覚に陥ったといいます。

このような精神面だけでなく、数値的に測ることのできる能力においても我々日本人は劣化していると香山さんは指摘しています。社会の様々なところで起きている後退現象をきちんと認識して早急に対策を施さないと、ますます劣化は進んでいってしまう。毎日の生活のなかからでも、日本人のリテラシーやモラルの低下は肌で感じるところです。自分自身も他人事ではなく、いろんな手段で少しでも歯止めをかけなければと思わされました。

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2009年3月16日 (月)

17歳は2回くる

17歳は2回くる おとなの小論文教室。(3) Book 17歳は2回くる おとなの小論文教室。(3)

著者:山田 ズーニー
販売元:河出書房新社
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「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気コラム、「おとなの小論文教室」をまとめた本です。小論文教室というより、「手探りしながら世間を泳いでいく力」や、「人とつながる力」、「自分を表現する力」に一緒に気づきましょうという趣があります。

読者からこんなメールが届きました。

「デザインに憧れ広告代理店を飛び出し、運良くデザイン事務所で働けることになりました。しかしその主宰者のデザイナーは著名な方なのですが、徹底的に自分の好きでないものを否定するのです。「好みの地獄」ともいえるほど狭い範囲で仕事をしていると、デザインというのがくだらないものではないかというマイナス思考に支配されそうになります。クリエイティブというのは、不自由なものなのでしょうか。」

そこで著者の山田ズーニーさんは、知人で「an an]を立ち上げたことでも知られるアートディレクターの新谷雅弘さんに聞いてみることにしました。新谷さんが「デザインって、もしかしたらくだらないものなのかも」と長く思っていたことを聞いていたからです。

新谷さんはこの話を聞いたときに、他人の美意識や人間観、生き方について第三者が軽々しく言うべきではないが、自分自身がそんなときどうするかは言ってもいいだろうと考えました。そして、高校生の時に出会った「いま、その人の身に起こっていることは、その人にふさわしい」という言葉を相談者におくりました。

苦しいときやつらいときに、その原因が自分自身にあると思いたくないのが人情だと思います。しかしそうやって自分自身に向き合うことでしか、人は成長できないのだと思います。自分の選んだ状況にどんな意味をもたらすかは自分だけなのだと思います。

でも、とてもいいことが起こったときもそれは「自分にふさわしい」と思えるような心の準備はしておきたいものです。

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2009年3月13日 (金)

3分でわかるラテラル・シンキングの基本

3分でわかるラテラル・シンキングの基本 Book 3分でわかるラテラル・シンキングの基本

著者:山下 貴史
販売元:日本実業出版社
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ラテラル・シンキングというとあまり聞き覚えの無い言葉ですが、「水平思考」というとお聞きになった方も多いと思います。ロジカル・シンキングが「垂直思考」とすると、ラテラル・シンキングが「水平思考」で、対になって紹介されることが多いですね。

それでは物事を論理的に垂直方向に深く掘り下げるロジカル・シンキングと違ってラテラルシンキングはどう違うのでしょうか。ラテラル・シンキングは水平思考と呼ばれるように、思考を水平に展開、移動する考え方です。前提を疑ったり新しい見方をするといった、「違った観点、違う側面」からの思考法のことです。

面白い例として、伊勢丹での店舗戦略のことがあげられていました。通常、商品の陳列スペースは「売り場」と呼ばれていますが、伊勢丹では「買い場」と呼んでいます。「売ろう」という店側の論理を顧客に押し付けるのではなく、買う側が主役であることを意識するためにそんな呼び方をしているそうです。

私たちはどうしても自分の立場でしか物事を考えがちですが、ビジネスの場において役割を逆転したり視点を変えてみることで新しい気づきが得られると言います。垂直思考と水平思考は組み合わせて使うことで深さだけでなく幅のある立体的な思考が可能になります。マーケティングのジャンルで使われる考え方ですが、いろんな職種で使われるようになると面白いなあと思いました。

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2009年3月10日 (火)

橋本治と内田樹

橋本治と内田樹 Book 橋本治と内田樹

著者:橋本 治,内田 樹
販売元:筑摩書房
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橋本治の話すことをウチダ先生が聞くという、珍しい組み合わせの対談集です。ウチダ先生が聞き役に徹しているというのは、ちょっと新鮮な感動があります。

村上春樹が小説を書くときに必要なのが、「僕」と「読者」ともうひとつ、「うなぎ」だそうです。煮詰まってくるとうなぎを呼び出していろいろたずねるのですが、そうするとうなぎは「ああしろ」とか「こうしろ」とか言うそうです。それでいいとかだめとか言うけれども、うなぎが出てくるとますます事態は混乱してしまうそうです。

橋本先生の場合はそれが「左肩」だそうで、左肩でどうも身体のバランスをとっているような感じらしい。足場を支える支点なのでしょうか。仕事を依頼されるときに直接左肩に聞いたりするのではなく、左肩に開いている井戸みたいなものを見て、「もつかな、もたないかな」って見てるような感覚だそうです。

というようなわかったようなわからないような話がとりとめもなく続いて、私としてはとても面白かったのですが、こういうのを読んでいるとどこかで誰かとこういうとりとめの無い話を際限なくしたい衝動に駆られてしまいます。だれか時間のある方、私ととりとめのない話をしに来てください。お願いします(ウソ)。

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2009年3月 3日 (火)

白川静

白川静 漢字の世界観 (平凡社新書) Book 白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)

著者:松岡 正剛
販売元:平凡社
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ほぼ晩年に「字統」「字訓」「字通」を立て続けに著した白川静さんの評伝は、この本が出る前は無かったそうです。あまりに大きな存在であった白川さんの業績を評するのは、非常に困難だったからなのでしょう。この本の著者の博識で知られる松岡さんでさえ自分にできることは、「白川静というあまりに巨大な山岳や山脈のところどころに分け入って、多少の地図や立て札をつけてみる」ことだけだといっているほどです。

漢字には文字が生まれる以前の、悠遠なことばの時代の記憶があると言います。漢字の持つ形は、それが成立した時代の人びとの考え方や暮らしを、具体的にあらわしています。

私たちは日頃使っている漢字に、そのようなヒストリーやエピソードが隠されていることはあまり意識していないように思います。しかし、漢字というのはただ単に「フォント」というだけではなく、もっと力を持ったものだったはずです。子どもが生まれたときに漢字辞典などをにらみつけ、漢字の持つ意味を必死に読み取ろうとした記憶がある方も多いと思います。

もともと中国からやってきた漢字ですが、それをうまく取り入れ仮名と組み合わせて使いこなしてきた我々だからこそ、もういちど漢字の持つ力を認識し、書き言葉や話し言葉の正しい使い方に目を向けることが大切だと思います。検定ブームでどれだけ漢字を知っているかといった雑学的な知識がもてはやされていますが、歴史の流れの中で生き続けている漢字について、もういちど正しい認識を持つことが大切なのではないでしょうか。

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2009年2月25日 (水)

最後の冒険家

最後の冒険家 Book 最後の冒険家

著者:石川 直樹
販売元:集英社
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気球による太平洋横断。聞いただけではなかなかイメージできませんが、読んでみると普通の人では絶対不可能だと言うことがわかります。地上では登山や極地探検など、さまざまな冒険が成し尽くされてしまっていますが、空と海ではまだまだ可能性があるようです。

この本は「植村直己冒険賞」を受賞した故神田道夫氏に、サポートとして太平洋横断に関わった著者が贈ったメモワールです。著者ははじめの横断に同行しますが墜落して着水し、偶然通りかかった貨物船に命からがら救助されます。その後、サポートを得られなくなった神田氏は単独で横断を試みますが、太平洋上で消息を絶ちます。

太平洋を気球で横断するには、高度8000メートル付近のジェット気流に乗り、時速150キロ程度のスピードで航行しなければ、燃料の関係で途中で墜落することになるそうです。想像以上にタフな状況に人間はどこまで耐えられるのでしょうか。気温マイナス40度、酸素は地上の三分の一という過酷な状況で、ガスバーナーを操り高度を維持しなければならない。はじめは気球で飛ぶのが冒険なのかと思ったものですが、紛れも無い「冒険」そのものでした。

結果として神田氏は生還することはかないませんでしたが、冒険に命を捧げたことは本望だったかもしれません。彼は最後の通信で「飛べるところまでいく」といったそうです。植村さんもマッキンリーで行方不明になる前に「何が何でもマッキンリー登るぞ」と書き記したと言います。冒険家が強い決意を表すときは、同じように窮地に陥り「どうも勝ち目が無いな」と感じたときなのでしょう。日常では得られないこういった極限の状況は、直接味わう術はありませんが、このような本を読むことで人間の尊厳や生き方を見直すことができると思います。

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2009年2月20日 (金)

ゴーン道場

ゴーン道場 (朝日新書) Book ゴーン道場 (朝日新書)

著者:カルロス・ゴーン
販売元:朝日新聞出版
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この本は、朝日新聞の「be」に連載された「ゴーン道場」を書籍化したものです。ビジネスの場だけでなく家庭での子育てなど、幅広く質問に答えています。

ゴーンさん自身、これまでにたくさんの成功と失敗を繰り返してきたといいます。そんな経験の中で、自分が決断を下すときに他者の決断を参考にすることは有効だったと述懐しています。そして人を育てていく上で必要なことは、自分から歩み寄り、自分自身が他者から学んだ事を伝えていくことだといいます。

「最近の若者は指示待ちで意欲が無い」とよくいわれますが、なぜそういう態度になるかを考えつながってみることで、多くの場合問題は解決できるそうです。コミュニケーションしてみるまえにあきらめるのでなく、まず働きかけてみることで、いい結果につながるかも知れません。

リタ・ゴーン夫人の本も読みましたが共通して感じたことは、仕事で関係をもった相手や家族などを、いろんな手段で独立した存在にしていこうという信念をもった方たちだと言うことです。おふたりともレバノン出身ということが影響しているのか、独立して自分自身が資本となって生きていくことの重要性を強く感じます。日本人のメンタリティとは少し違うかもしれませんが、こういったことはこれからの時代にもっと大切にされても良いことだと思います。

若い社員の指導に悩んでいる方や、子育て中の方にもお勧めです。

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2009年2月16日 (月)

面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則

面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則 Book 面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則

著者:本田 直之
販売元:大和書房
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ワタクシ、恥ずかしながらかなりの面倒くさがりやで、ウチでは家人に結構迷惑がられていたりします。しかし、職場や家庭以外の人間関係では他人様に迷惑がかかるので、なるべくいろんな案件はすばやく処理することにしています。

メールはすぐに返事。問い合わせにはすぐ返事。とにかくあとで言い訳するのが面倒なので、なるべく用事は早めに済ませるようにしています。

この本の著者も「究極の面倒くさがりや」だそうで、コツコツ地道に努力することが大嫌いだとか。でも面倒なことをきちんとクリアしておくと、あとあとおかげで楽になったということは多いですね。例えばパソコンのソフトウェアなどのマニュアルは面倒なのできちんと読まないことが多いですが、適当に使っていると効率の悪い使い方をしていて結局面倒なことになってしまいます。

いま自分がどんなことを面倒なことだと感じているかを認識すると、そこに目を向けることで仕事や私生活を大きく変えるきっかけになるかもしれません。人生には大きなチャンスなどは本来存在せず、小さなきっかけを積み上げることが成功につながるのではないかと読んでいて感じました。

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2009年2月11日 (水)

建築家 安藤忠雄

建築家 安藤忠雄 Book 建築家 安藤忠雄

著者:安藤 忠雄
販売元:新潮社
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独学で建築を学び、事務所を設立。エール大、ハーバード大の客員教授や東大教授を歴任するなど、華々しいサクセスストーリーが語られているのかと思いきや、まったく正反対の「思うようにいかないことばかり」の半生記です。

私が安藤忠雄と聞いてまず頭に浮かぶのは「住吉の長屋」です。大阪の住吉区の三軒長屋の真ん中というあまりにささやかな空間に、自然の厳しさを感じながら暮らすための工夫が考え抜かれています。ただでさえ狭い空間に中庭を設け、部屋と部屋を行き来するのにいったん中庭=外に出なくてはいけない。雨が降っていたら、トイレに行くのに傘を差さなければいけない。

しかしそのような狭い空間に無駄と思われる中庭を配置したのは、その自然の空白こそが狭い住居に無限の小宇宙を生み出すのだと言う考えに基づいている。それはこの場所で生活を営むのに本当に必要なのは何かという、思想に対する答えなのです。

「光と影」。ひたすら影の中を、遠くに見える小さな希望の光を追うようにして必死に生きてきた人生だったと安藤さんは結んでいる。現代の社会では「絶えず光が当たる」ことが良い人生のように思われているが、本当はそうではなく、その光を遠くに見据えて、それに向かって進んでいる状態にこそ人生の充実はあるのだという。影の部分をしっかり見据えることで、光の美しさはより生き生きとしたものに感じられるのでしょう。

メモワールというより、安藤哲学をあらためて社会に問いかけることで、疲弊した社会に新しい風を吹かせるようなパワーを感じました。ぜひご一読を。

そういえば、私は建築屋の息子なんですが、今思うと建築も面白かったかもと少し後悔しました。

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2009年2月 6日 (金)

吉本隆明の声と言葉

吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜 Book 吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜

著者:吉本隆明
販売元:東京糸井重里事務所
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今年の年頭のNHKのETV特集で、吉本隆明さんの講演会の模様が放映されていました。動いて話をする吉本さんを見るのは初めてでしたので、言葉遣いからいろんな動作まで集中して観てしまいました。面白いんだか面白くないんだかわからないところがよかったです。

吉本さんの講演の音源は約170回分あるそうですが、そのなかから29回74分を糸井重里さんが抜き出してCDにしたのがこの本です。短いものは23秒とか、本当に短いのですが、かえってインパクトがあっていいです。付録のブックレットに吉本さんと糸井さんの対談が収録されているのですが、吉本家の居間で収録されたお話がしみじみといいです。以下、その中の一節からです。

言葉をうまく使える人は今の世の中で自然と統率者になってしまう。それは、言葉をうまく使えるかどうかが格差につながるということになる。しかし人間らしさというのは文章がうまかったり、話がうまかったりすることで決まるのではないのではないか。本当は言葉というのはおまけで、外には聞こえず自分の内側に語りかける部分こそが人間の幹であり、本来の自分ではないかと吉本さんは言っています。言葉の幹は沈黙であり、言葉となって出たものは枝葉のようなもので、いいも悪いもその人とは関係ないといいます。

うまく言えるヤツは勝ってしまうけど、人間の価値はそんなことでは決まらないという事でしょうか。

聞いてみるとひとつひとつが短くて、結構いいところで終わっているので続きが聞きたくなりますが、ブックレットにそのお話の部分に関連した本の紹介が載っていますので、続きはその本でお勉強ということになりますね。昔の著作、少し読んでみたくなりました。

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2009年2月 5日 (木)

言語表現法講義

 言語表現法講義 言語表現法講義
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この本は、明治学院大学の「言語表現法」の授業をもとに、模擬授業という形で構成されています。タイトルからしていかめしく、さぞアカデミックな内容かと思いきやそうではありませんでした。

言語学とか表現論とかいいますが、「学」と「論」、そして「法」の違いはどの辺で決まるのでしょうか。人が文章を書くときには、頭で考えて手で書きます。その頭と手の比率の違いで「学」と言ったり「論」と言ったりしているのだそうです。「言語表現法」というのは頭と手が半分づつの状態らしい。書くときに手と頭のバランスを半々にすることを目的としていると言っても良いでしょう。

その半々の状態でなければいけないのは何故でしょうか。文章を書く上で一番大事なことは「知っていることを書くのではなく、書く事を通じて何事かを知る。」ということだそうです。半々の状態でなく頭が勝つと学問になってしまうし、文章教室のように手のほうに行き過ぎてしまうと、「小手先」になってハウツーに近づいてしまう。そうならないような状態で文章を書くというのも、それはそれで大変だと思いますが、言わんとしていることはわかる気がします。

書くことを手がかりにものごとを考えるという方法は、実際に文章を書いてみるととてもいい方法だと実感します。頭の中で考えていることは、やはり実際に手を動かして書いてみないことには絶対に固定化されないんですね。書くと言うことは今まではアウトプットの手段だと思っていましたが、それだけではなく自分の内面に向かうためのツールでもあると言う、面白い使い方もあることを知りました。

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